さまよう壁(Wandering Walls)

「さまよう壁」のご紹介

 

「さまよう壁」は、壁がさまようのではなく、光や影、日頃は強い風さえも、この壁があることで自由に動き回っているように感じられる建物です。2020年に完成した宿泊施設で、常に強風に晒される岬の山の上に建っています。コンクリート製のこの建物は、余計な物が無い、そこに居るだけで自然を体感できる施設です。

「さまよう壁」の設計者

 

「さまよう壁」の設計を担当したのは、台湾に事務所を構えるXRANGEアーキテクツです。この建築事務所はグレース・チャンとロイス・ホンの二人が2003年に開設しました。グレース・チャン(張淑征、チャン・シュジョン)は、マレーシアで生まれ、16歳の時に家族と共にカナダに移住しました。彼女の両親は彼女が医者になる事を望んでいました。しかし、18歳の時に父親が持っていた建築の本を見て衝撃を受け、建築家になる事を希望しました。当然、両親は反対したようですが、彼女は根気よく両親を説得し、アメリカのコロンビア大学で建築を学ぶことが出来ました。大学を卒業後の数年間は、いくつかの世界でもトップクラスの建築事務所で経験を積みました。独立する直前に働いていたオランダの建築事務所のアジア担当になったことが、台湾での活動に結びつきました。ロイス・ホン(洪裕鈞、ホン・ユージュン)はアメリカのハリウッドで実業家の家族の元に生まれました。アメリカの美術系大学で工業デザインを学んだ工業デザイナーです。彼の祖母は、およそ60年前に台湾パナソニック(当時の松下電器)を立ち上げた人物で、現在は彼が3代目の会長職についています。それ以外にも複数のIT関連の会社を作っている起業家でもあります。

グレース・チャン Grace Cheung 張淑征(チャン・シュジョン)

ロイス・ホン Royce YC Hong 洪裕鈞(ホン・ユージュン)

「さまよう壁」の所在地

 

「さまよう壁」が建っているのは、3つの海に囲まれた岬の高台です。台湾の最南端に位置する恒春(ホンチュン)鎮がある恒春半島は、西側を中国との間に広がる台湾海峡、東側は太平洋、南側はフィリピン北部のバシー諸島との間にあるバシー海峡に囲まれています。気候は温暖で、1年を通して気温が20℃から30℃ほどでです。このような気候なので、恒に春の気候であるという事から恒春と言う地名になったようです。この地域は地質的に珍しい場所で、太古の珊瑚礁が隆起して崖を形成している場所があります。また、生態系も恒春半島特有の植物などが生息しています。このように豊かな自然を守るために、台湾で初めての国家公園として「墾丁(こんてい)国家公園」が指定されました。多種多様な自然の景観や動植物の保護と、それらを紹介する博物館や水族館もあり、先史時代の遺跡も残されている、広範囲に渡る公園となっています。また、半島と言う地理的条件もありますが、年間を通して強い風が吹いていることもこの地域の特徴です。夏の台風シーズンには、いくつもの台風が接近して強い風が吹きます。冬季には落山風(らくざんふう)または、下り風と呼ばれている強風が吹きます。北東から吹いてきた風が、台湾島の山々を超えて吹き下ろす風です。このように1年中強い風が吹いていることから、農作物の育成が難しく、牧草を育て牛や羊が育てられています。この牧草地が広大な草原になり、人気のある観光地の一つとなっています。

 

「さまよう壁」の特徴

 

「さまよう壁」はコンクリート製の3階建てで、8つの部屋がある宿泊施設です。様々な曲線を描く壁が、公共の場と私的な場の境界をあいまいにしています。また、人工物と自然の境目も不明瞭になるように仕向けられています。コンクリートは型枠さえあればどのような形にもできます。「さまよう壁」の壁は、多くのカーブを描くように数種類の幅の木材を使って枠が作られました。幅を細かく分けることで、壁の形を自由に出来たことで、階段の上部にある部分などは、まるで風にそよぐリボンのようです。加えて、いくつもの壁が重なり合うような場所も出現しています。このような作りの壁があることで、陽の光や影が常に動いているような感覚になります。型枠用の木材は、再利用できない物もあるので、リサイクル材や端材のような物が使用されています。均一の木材が使われていないことで、多少のずれを気にしないで融通の利く枠になっていて、コンクリートに様々な木目が現れています。このような模様は、打ち放しコンクリートの無機質感やそっけなさを軽減しています。一年を通して風の強い地域で、尚且つ海を見下ろす高台に建てられているので、いつも強風に晒されていると言えます。その為、風上側には窓が一つも取り付けられていません。海側には大きな窓が取り付けられているので、3方を海に囲まれているこの場所の特権を存分に味わうことが出来ます。

「さまよう壁」のまとめ

 

「さまよう壁」が建設された場所にはアカシアの木がたくさん生えていました。この木はとてもデリケートな木で、根が傷つきやすいので移植は考えられませんでした。そのことから、アカシアの成長を邪魔しないように、一番外側に生えている木より少し離して建てられました。周囲に元々生えていたアカシアの木は景観を良くする役に立っていて、防風林の役割もあるようです。

 

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