プエルタ・デ・エウローパ(Puerta de Europa)

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「プエルタ・デ・エウローパ」のご紹介

ヨーロッパの西の端、バルカン半島のほぼ中央に当たる内陸部に、ヨーロッパの門と名の付く二つのビルがあります。大きな通りを挟むように立つこの建物は、ファンタシーの映画や小説の設定によくある、「答えを間違って閉じかかっている」ように見えます。双方に向かって傾いているツインタワービルの「プエルタ・デ・エウローパ」をご紹介します。

「プエルタ・デ・エウローパ」の設計者

フィリップ・ジョンソンは1906年アメリカ合衆国のオハイオ州で生まれ、2005年98歳で亡くなりました。弁護士の父を持ち、裕福な家庭で育ちました。ハーバード大学へ進学し哲学を学んでいた頃に父を亡くし、遺産として株を受け取りました。しばらく後に、この株が高騰して彼は一気に大金を手にすることとなりました。このお金が以降の彼の活動を支える資金となりました。大学を卒業し、ヨーロッパに渡った彼は、そこで素晴らしい多くの古い時代の建物や、近代の建築物と出会いました。十数年後、彼は建築を学ぶために再びハーバード大学に入学しました。建築家としてのスタートは少し遅かったようですが、70歳を過ぎた頃に創立された優れた建築家に与えられる、世界でも権威ある「建築家のノーベル賞」とも言える「プリッカー賞」の初代受賞者となりました。

「プエルタ・デ・エウローパ」の所在地

スペイン王国の首都マドリードにある大きな通りを挟むようにして、「プエルタ・デ・エウローパ」は建っています。ヨーロッパには国や自治体、家などに紋章が定められている事が多くあります。マドリードの紋章は「クマとイチゴノキ」と言う一見かわいい紋章です。なぜこの紋章になったのか所説ありますが、一説には童話作家のアンデルセンが伝えた話があります。母子が森に遊びに来た時、クマに出くわし、子供はイチゴノキに上って難を逃れましたが、母親に害が及びそうになった時「Mader huid(スペイン語で、お母さん逃げて)」と叫び、これがマドリードの地名の由来になったと言い伝えられています。

「プエルタ・デ・エウローパ」の特徴

巨大なカタカナの「ハ」若しくは、漢数字の「八」の形に見えるツインタワーです。1996年に完成した115m26階建てのオフィスビルで、大通りを挟んで立っています。それぞれの方向に15度の傾きがあります。なんだか倒れてきそうな感じですが、ビルの外装に見えるいくつかのラインの内、地面に対して垂直のものがあるので割と安定して見えます。それぞれのビルの屋上にはヘリポートが設置してあり、4機のヘリコプターが着陸できるようになっています。向きが違うだけで同じビルなので、西のビルは青に、東のビルは赤のマークが付けてあります。

「プエルタ・デ・エウローパ」のまとめ

傾いた側の下は1,000人が雨宿りできるという噂もあります。建設当初は傾いたビルを心配する人もいたようですが、今ではマドリードの立派なランドマークとなっています。紋章の「クマとイチゴノキ」の銅像はプエルタ・デル・ソル(太陽の門)に建っています。マドリードには、他にもたくさんの歴史あるプエルタ(門)があります。「プエルタ・デ・エウローパ」は、この街の新しい門として大通りの脇を固めるように建っています。