大阪市環境局舞洲工場(Osaka City Environmental Bureau Maishima Incineration Plant)

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「大阪市環境局舞洲工場」のご紹介

見た目と内容の違う物事はたくさんありますが、意表を突く事で様々な効果を増す例があります。「大阪市環境局舞洲工場」は廃棄物の処理場ですが、建物からはゴミの印象はまったく見ることができません。小さな子供も大人だって喜びそうな一見の価値のある建造物です。

「大阪市環境局舞洲工場」の設計者

フリーデンスライヒ・レーゲンターク・ドゥンケルブント・フンデルトヴァッサーと言う長い名前の画家であり、建築家が「大阪市環境局舞洲工場」のデザイン及び設計を担当しました。1928年にオーストリアで生まれた、彼の本名はフリードリヒ・シュトーヴァッサー言います。幼い頃には花が好きで、綺麗な花を押し花にしていましたが美しい色が褪せていくのが残念と思っていました。そこで絵に残すようになりました。このことが画家としての彼の出発点となりました。ユダヤ家の母の元に生まれたことで、子供の頃の第二次世界大戦中は隠れ過ごす日々を送ってきました。終戦後にスケッチブックを持ち世界の美しい自然を絵に残そうと旅立ち、アフリカの大地に魅せられるようになりました。彼は直線を嫌い、曲線を多用したデザインをしていますが、鮮やかな色と相まって楽し気な建築物を作り上げています。

「大阪市環境局舞洲工場」の所在地

大阪市此花区の大阪湾にある複数の人工島の一つに舞洲(まいしま)があります。当初は、1997年に行われた国民体育大会に向けての開催予定地として整備されました。廃棄物や建築瓦礫、土砂などで埋め立てられた人工島です。その頃は「大阪北港北地区」という名称でしたが、使用開始に伴い市民から愛称を公募して「舞洲」と名付けられました。埋め立てが完了した後、土地の有効利用として運動公園としてアリーナやスタジアムなどが整備されました。土地の大部分がこうした運動が楽しめる設備で占められているので、「スポーツ・アイランド」とも呼ばれています。他には「大阪市環境局舞洲工場」と近接の下水処理場である「スラッジ・センター」があり、夏季には舞洲の北西部に250万本のユリが咲き乱れるユリ園が開園しています。


「大阪市環境局舞洲工場」の特徴

まるでおとぎの国のような建物です。カラフルで、うきうきするような、見ていて楽しくなる遊園地と見間違える「大阪市環境局舞洲工場」です。120mの高さがある煙突は青い色でインドのタージ・マハルにある塔のような形をしています。廃棄物の最終処分場とは到底見えませんが、予約することで内部の見学をすることが可能で、ゴミを減らすための勉強もできるようになっています。7階建ての建物の途中には遊歩道のようなものも作られています。この道もくねくねと曲がり、手すりもうねるような形をしています。自然環境と融合できるように作られた、この建物の周囲はもちろん建物そのものにも多くの植物が植えられています。

「大阪市環境局舞洲工場」のまとめ

新しい廃棄物処理場を作ろうとすると、周辺住民が反対することが多々あります。しかし、皆が嫌がる事でも必要な施設であることは変わりません。舞洲には住居はありませんが、多くの人が訪れる場所です。最新の設備を整えて、焼却時に出る煙も煤などの微粒子を除去して排出しています。また、余分な熱を利用した発電も行っています。緑に埋もれたおもちゃ箱のような「大阪市環境局舞洲工場」は、立ち寄りたくなる廃棄物処理場です。