ヴィスヴェスワラヤ タワー(Visvesvaraya Towers)

「ヴィスヴェスワラヤ タワー」のご紹介

 

古くから様々な分野での流行りがあります。建築の分野でも、古代の宗教的建築にみられる荘厳なゴシック様式があり、それに相反するような装飾を無くし、簡素な見た目のモダニズム建築が19世紀の終わりころからもてはやされるようになりました。第二次世界大戦後に提唱されたのがブルータリズム建築で、コンクリートなどの素材をそのまま見せるような無骨で力強い印象があります。「ヴィスヴェスワラヤ タワー」もブルータリズム建築の一つと言われ、インドの近代建築を代表する建築家が手掛けた堅牢な見た目の建物です。

「ヴィスヴェスワラヤ タワー」の設計者

 

インドの近代建築を代表するチャールズ・コレア(チャールズ・マーク・コレア)が「ヴィスヴェスワラヤ タワー」を手掛けました。1930年に当時はイギリス領だったインドの中央部に位置するセカンドラバードで生まれた彼は、ミッション系の学校で高等教育を受けた後に建築を学ぶためにアメリカへ渡りました。アメリカではミシガン大学で、測地線ドーム(ジオデシックドーム)の考案者である発明家であり、建築家でもあるリチャード・バックミンスター・フラーの元で4年間学び、研究していました。その後の2年間はマサチューセッツ工科大学で学びました。アメリカでは、バックミンスター・フラーの他にもブルータリズムの先駆者とも言えるルイス・カーンの作品にも触れ、その後の彼の作品に大きな影響を与えました。インドに帰国する前にヨーロッパを回り、フランスのパリでモダニズムの巨匠と謳われるル・コルビュジエの作品を目にした彼は驚嘆を覚え、帰国後に国内にあるコルビュジェの作品を見て回りました。1958年に国の西部にある都市、ムンバイに自らの事務所を開設し建築家として本格的に活動を開始しました。当初は学生時代やその直後に触れた著名な建築家の作品に影響を受けていましたが、次第にインドの風土や文化に沿った建築物を生み出すようになりました。彼の作品はほとんどがインド国内にありますが、その名前と実績は広く世界に知れ渡っています。優れた建築家に授けられるインドでの賞は当然ながら、ヨーロッパなど複数の国からも彼の活動が称えられましたが、2015年に病気のために84歳で人生の幕を下ろしています。

「ヴィスヴェスワラヤ タワー」の所在地

 

インド共和国の南西部に広がるカルナータカ州の州都、ベンガルール(以前はバンガロールと呼ばれていました)の中心地に「ヴィスヴェスワラヤ タワー」が建設されています。人口が国内3位の大都市で、南インドの中心的なこの街は、他の都市と同じく環境の悪化が問題視されています。しかし、近隣には豊かな自然が残り、様々な生物を保護している場所があります。ベンガルールの南、およそ20kmに位置するバナーガッタ国立公園もその1つです。1974年に国立公園として制定され、愛知県の豊橋市と同じくらいの広さがあります。この公園の1番の目的はインド象の生態を護ることにあります。広い範囲を群れで移動する象のために、カルナータカ州の南部に広がる丘陵地帯と隣のタミルナードゥ州の森林地帯を繋ぐ役目がこの公園にはあります。他にも稀少なアジアに生息するペルシャライオンやベンガルトラなどの大型肉食獣からサルなど多種の小型動物、インドクジャクを始めとする鳥類も100種以上が生息しています。植物相も豊かで、多湿な地域に育つ竹や、熱帯、亜熱帯性の植物が繁茂しています。広大なこの公園内には、牛や羊を飼育する農家がある6つの村と、古代の寺院などが含まれています。

 

「ヴィスヴェスワラヤ タワー」の特徴

 

「ヴィスヴェスワラヤ タワー」は、1980年に民間の会社が依頼して建設された複合ビルで、現在は自治体や国の機関が入っています。21階建てのこの建物はベンガルールで初めて建設された高層ビルで、インド国内での近代建築の先駆者だった設計者が好んだ、ブルータリズム建築を表現するコンクリート製の無骨な印象の建物です。打ち放しのコンクリートをそのまま外壁として使い、直線的な形で、窓などの開口部も真四角で同じ大きさのものを並べています。1番目を引く最上階部分の正方形に突き出たようなバルコニーは、1個所の高さを変えて動きを見せています。VVタワーとも呼ばれるこの建物は、南側に建つ21階のメインタワー部分と3階の屋上部分がもう1つの建物との連絡通路と中庭のようになっている部分、そして北側に建っているミニタワーと呼ばれているメインタワーと同じような形状の建物が集まって1つの建築物になっています。潜水艦に装備されているちょっと変わった形の潜望鏡に似た上部のバルコニーが、この建物の外観で1番目立っています。上部に目立つ個所があることで少し心配する人もいるようですが、近隣に背の高い建物が無いこともあって、街の中心部のランドマークにもなっています。ミニタワーのバルコニーは高さも向きも様々で、いかつい印象のある外観でも少しかわいく見えます。

「ヴィスヴェスワラヤ タワー」のまとめ

 

1950年代にイギリスで最初に見かけられるようになったブルータリズム建築ですが、モダニズム建築に近い、余りのそっけなさに街の印象が悪くなると考えた幾人もの建築家によって提唱された、装飾性も備えたポストモダンがもてはやされるようになって次第に建設数が減ってきました。しかし、ブルータリズム建築に見られるような工法は現在も息づいています。多様な価値観が認められる現代に於いては、「ヴィスヴェスワラヤ タワー」のような見た目の建物はこれからも建設されるのではないでしょうか。

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