エイシュトゥル コムナ タウン庁舎(Eystur Town Hall)

「エイシュトゥル コムナ タウン庁舎」のご紹介

 

北極圏に近い海に浮かぶ島に建設された公共の建物は島の風景に完全に溶け込んでいます。また、周辺の住民にとっても生活の中に溶け込めるように様々な配慮がされています。小さい集落だからこそできることがあると証明したような公共施設が「エイシュトゥル コムナ タウン庁舎」です。

「エイシュトゥル コムナ タウン庁舎」の設計者

 

「エイシュトゥル コムナ タウン庁舎」の設計とデザインを担当したのは、デンマークの建築家、ヘニング・ラーセンが1959年に創設した「ヘニングラーセン アーキテクツ」(設立当初はヘニングラーセン テーネステュエA/S)に所属する建築家のオズビョルン・ヤコブセンです。ヘニング・ラーセンはオズビョルン・ヤコブセンの母校であるオーフス建築学校で教鞭をとっていたことがあります。オーフス建築学校は国立の芸術アカデミーと並ぶ建築の専門家を養成する学校で、正式な国の建築専門家を名乗ることができる数少ない専門学校です。ヘニング・ラーセンは2013年にコペンハーゲンで87年の人生を終えていますが、彼の建築理念を受け継いだ多くのスタッフによって現在も北欧を中心として世界中で様々な企画を遂行しています。オズビョルン・ヤコブセンは北大西洋に浮かぶデンマークのフェロー諸島で2番目に大きなエストゥロイ島の出身です。2000年に首都に次ぐ大きな都市のオーフスにある建築の専門学校を卒業してすぐに「ヘニングラーセン アーキテクツ」に入社しました。2013年には故郷の島へ帰り、フェロー諸島にあるオフィスの責任者になりましたが、それ以前から「ヘニングラーセン アーキテクツ」の北大西洋周辺の大きな企画に関わっていました。しかし彼は、たくさんの人がいない場所の企画を好み、自然と関わるような建築を目指しています。数年前にはフェロー諸島での活動が認められて、国から名誉勲章を授けられました。

「エイシュトゥル コムナ タウン庁舎」の所在地

 

「エイシュトゥル コムナ タウン庁舎」は、デンマーク王国に属する大小の島々で構成されるフェロー諸島で2番目に大きいエストゥロイ島に建設されています。フェロー諸島はアイスランドとノルウェー、イギリスの間の北大西洋に浮かぶ定住者のいる17の島と、周辺の小島で構成されています。50,000人を超える人口があって、約半数は最大の島にある中心的な街のトースハウンで暮らしています。人口のほとんどはフェロー人と呼ばれる人々で、西暦650年頃には島に定住していたと言われています。島の経済は農業と漁業が担っています。農業は羊と牛の畜産が大半で、特に羊は人口より多いと言われています。漁業に於いては、以前はトロール船での北洋漁業が主力でしたが、近年ではサケの養殖にも力が注がれています。エストゥロイ島は沖縄県の西表島と同じくらいの大きさで、フェロー諸島の最高峰があり、フィヨルドによる天然の良い港もあります。島のほとんどの人は漁業に従事していて、サケ養殖業最大の会社が本社を置いています。島と島の行き来は以前は船に頼っていましたが、近年では複数の海底トンネルが作られていて、多少の天候不良でも安全に往来できるようになっています。また、エストゥロイ島と隣の最大の島ストレイモイ島の間に車の通れる橋が架けられていて、橋の長さは150mほどですが、大西洋に架かる唯一の橋となっています。

 

「エイシュトゥル コムナ タウン庁舎」の特徴

 

エストゥロイ島の西側にある集落を流れる小さな川の河口に「エイシュトゥル コムナ タウン庁舎」が建設されています。2018年に完成した木造の平屋の建物ですが、川を渡る橋の役目も持っている役所と議会などが開かれる会議場、住民が様々な目的で利用できる集会場として様々な目的のある建物です。この島で建物を作るときの材料はほとんど島の外から調達しなければなりません。以前は多少の森林があって少しの木材は手に入りましたが、家畜を放牧するようになってからは木材にできるような木は育っていないようです。しかし、設計者が木造にこだわったのは、地域の伝統的な家屋の作りを踏襲しようとしたからです。外観は黒っぽい色になっていて、大きなガラス窓が建物の両側に取り付けられています。そこからは、海側と山側の素晴らしい風景を見ることができるようになっています。建物の屋根は芝生が植えられていて、東側は角度の低い緩やかな傾斜で、西側は少し急な傾斜になっているので階段も取り付けられています。川を渡ることができ、近隣の住民は散歩などをこの建物も利用して楽しめるようになっています。屋内は明るい色合いの木材が使われ、大きな窓もあるため日中はとても明るくなっています。また、暗くなる夜間は屋内の明かりが灯台のようになって街灯の役割も果たしています。会議場は建物の中心に作られ、いわゆる上座とか下座のない円形に仕上げられていて、床には丸いガラスがはめ込まれ川の流れを見ることができるようになっています。季節になると遡上する魚も見えるようです。

「エイシュトゥル コムナ タウン庁舎」のまとめ

 

設計者は自然豊かなこの地に新たな公共施設を建設するにあたって、地域の伝統的な建物の作りを重視して、自然の景観に負担をかけないように配慮しています。風景と建物の境界があいまいになって、どこから景色でどこからが建物かはっきりとしないように仕向けています。「エイシュトゥル コムナ タウン庁舎」は海岸に打ち上げられた流木のようだと紹介される例がありますが、まさにそのような印象のある建物です。

 

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