円形の太陽の家(Circular Sun House)

「円形の太陽の家」のご紹介

 

現代の住居はどこの国でも四角い建物が多いのではないでしょうか。しかし、地域や国によっては伝統的な変わった家も存在しています。どこの国でも基本的には建築基準に適合すれば、どのような形の家でも問題はありません。アメリカで半世紀以上も前に建設された「円形の太陽の家」は建設用地に形状に合わせた形の建物です。

「円形の太陽の家」の設計者

 

「円形の太陽の家」を設計したのは、近代建築界の巨匠の一人であるアメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトです。1867年にアメリカ北東部のウィスコンシン州にある小さな田舎町で生まれ、国の南西部に位置するアリゾナ州の都市フェニックスで1959年に91歳で病気のために亡くなっています。子供の頃はあまり裕福ではなかったようですが、彼の人生はスキャンダルも含めて波乱万丈でした。彼が幼い頃に、教師だった母親が与えた積み木に夢中になり、球体や三角、立方体の木を組み合わせて、様々な形が出来上がることがとても面白かったようです。彼は後年、この積み木が彼のデザインへの道の始まりだったと言っていて、カエデの木の積み木の感触をまだ覚えているとも語っていました。彼の建築に対する理念は根本的に変わらず、自身が「有機建築」と呼んでいた、人と自然環境とを調和させた建物を目指していました。建築家として活動を始めた頃はあまり評価されず、中年の域に達した頃に完成させた住宅が大きなきっかけとなり、巨匠と呼ばれるまでになりました。19世紀後半から20世紀にかけて建築のスタイルは様々な流行がありましたが、彼の提唱した「プレーリースタイル」と呼ばれるシンプルな住宅は後の建築家に大きな影響を与えることとなりました。彼の手掛けた建築物は今でも多く残っていて、中にはユネスコの世界遺産に登録されたものや、日本国内にある建物の中に日本の重要文化財に指定された建築物もあります。

 

「円形の太陽の家」の所在地

 

「円形の太陽の家」は、「太陽の谷」とも呼ばれるアメリカ合衆国の南西に位置するアリゾナ州のフェニックスの小高い丘に建っています。フェニックスは、国内でも5本の指に入るほどの大都市圏の中心にあたる街です。この地域は、メキシコの北西部から広がるソノラ砂漠に含まれていて、気候は暑く乾燥して砂嵐も発生する場所です。夏季には気温が40℃を越える日も多く、年間の降水量は200mmにも満たない晴れた日の多い地域です。そのような気候なので、入植と同時に灌漑設備の整備が行われました。街は東西に流れるソルト川の両岸に広がり、街の西で北から流れてくるヒラ川と合流しています。「円形の太陽の家」が建っている場所は、都市圏内でありながら小高い山がある自然公園の中です。フェニックスマウンテン保護区は複数の公園で構成されていて、砂漠から600mほどの高さがある小さな山や、丘があります。保護区の中には、世界でも最大規模の都市公園も含まれています。この保護区は、広がり続ける都市の乱開発を留めることと、砂漠の環境に適した動植物を保護し、景観を守る目的で制定されました。これらの公園には、ハイキングコースやキャンプ場、サイクリングコースなどが整備されていて、市民が余暇を屋外で楽しめる場を提供しています。また、国内でも数少ない砂漠の植物を集めた植物園や、私営でありながら非営利の国で最大規模の動物園もあります。

 

「円形の太陽の家」の特徴

 

設計者のフランク・ロイド・ライトが最後に手掛けた建物が「円形の太陽の家」です。この家は、フェニックスの街を南に見下ろす山の斜面に建てられています。設計者が建設用地の地形を頭に入れて、最初にスケッチしたのは2つの円でした。名前が示す通り、円と半円に加え、大きな弧を描いている建物です。基本的には平屋ですが、ワークスペースのある場所は円筒形になっています。建物自体は、フランク・ロイド・ライトが考案したコンクリート製のブロックが使われていて、外壁の色は周囲の砂漠と合わせた赤レンガのような色になっています。外壁は斜面から立ち上がるように作られ、2つの円を重ねて切り取ったような形のプールがある中庭を取り囲む壁には、設計者が幼いころに遊んだ積み木を思い起こさせる形の、三角や丸い穴が開けられています。キッチンやワークスペースの窓は連なった半円形で、家の形に合わせてあります。屋内は、外壁の色と同じような赤味のある木材が使われています。フィリピン・マホガニーと言う名の木で、正確にはワシントン条約に記されているマホガニーではありませんが、同じような色合いと質の木材です。家具も設計者が考案していて、家と同じく円を多用した物が特別に作られています。5つある寝室は南東が内側の弧を描く形で、寝室からも街の風景がよく見えるようになっています。

 

「円形の太陽の家」のまとめ

 

フランク・ロイド・ライトが最後に手掛けた家が、一般的に「円形の太陽の家」と呼ばれている家です。しかし、元々は個人の住宅で、「ノーマン・ライクス邸」と言うのが正式名称でした。設計図は1959年に彼が亡くなる数日前に書かれていて、実際に建築に携わったのはフランク・ロイド・ライトの弟子で、彼は1966年に完成したこの家を見ることはありませんでした。完成して半世紀以上たった現在でも斬新なデザインの「円形の太陽の家」は、砂漠の風景と調和する建物ではないでしょうか。

 

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