ベルリン・ユダヤ博物館(Jewish Museum Berlin)

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「ベルリン・ユダヤ博物館」のご紹介

博物館は多様な趣旨で開設されています。その中でも、史実に基づいた事柄を隠すことなく知らせる事は大事な目的ではないでしょうか。ドイツにある「ベルリン・ユダヤ博物館」は二度と繰り返してはいけない事を知らせている博物館で、建物そのものも展示物にふさわしい外観をしています。

「ベルリン・ユダヤ博物館」の設計者

この博物館の設計者であるダニエル・リベスキンドは1946年、ポーランドのほぼ真ん中にあるウッチと言う街で生まれました。子供の頃にアメリカに渡りました。ハイスクールを卒業する頃にアメリカの市民権を得て、建築などの様々な事を学びました。建築に関する理論や思想を発表することが多く、「建築しない建築家」と呼ばれていました。しかし、「ベルリン・ユダヤ博物館」の設計をコンペで勝ち取ってから一躍有名になり、事務所を解説し、事実上の建築家としての活動を始めました。以後、博物館や美術館の作品が多く作られています。

「ベルリン・ユダヤ博物館」の所在地

ドイツの首都ベルリンは古くからヨーロッパの中心的都市でした。国際政治の中心であるだけでなく、様々な文化の中心でもありました。しかし、それ故に多くの戦いの場にもなりました。ベルリンは約30年前まで市内が二つに分断されていました。第二次世界大戦の後、敗戦国であったドイツは当時のソ連と西側の国々に分断、占領されました。東西に分断されたドイツはベルリンのみ行き来が出来ましたが、東からの人口流出が多かったため最終的に市内を分ける壁が作られてしまいました。1989年に東ドイツの政府の不手際によって、不本意ではありましたが東西の往来が許可され、「ベルリンの壁」の崩壊につながりました。以後、二つのドイツとベルリンは再び一つになることができました。

「ベルリン・ユダヤ博物館」の特徴

建物そのものが、この博物館の趣旨を表しています。上から見るとギザギザの建物で「幾何学の迷路」と呼ばれているのがわかります。合金製の壁には傷跡のように見える不規則な細い窓があり、まるで黒雲の中を走る稲妻のようです。この窓は内部から見ると、外部からのわずかな光が差し込んで内壁を切り裂いているようにも見えます。展示物と一体化したような建物なので、理由があって足を踏み入れることのできない場所もあります。何より特徴的なことは、出入り口が作られていないことです。この博物館に入館するためには、隣に建っている18世紀に作られた建物の地下にある通路を通らなくてはいけません。

「ベルリン・ユダヤ博物館」のまとめ

ベルリンの壁があった場所に建てられた「ベルリン・ユダヤ博物館」は2001年に開館しました。新たな世紀に突入した年に開館したこの博物館は、歴史の証人の役割を果たしています。また、設計者のダニエル・リベスキンドはユダヤの血を引く人物です。ある意味ナチスドイツのホロコーストを生き延びた彼は、ユダヤの文化と悲しい歴史を伝える博物館を作るのに相応しいと言える建築家ではないでしょうか。