淡路夢舞台 百段苑(Awaji Yumebutai Hyakudanen Garden)

「淡路夢舞台 百段苑」のご紹介

 

世界には文化や歴史が育んだ様々な庭園が造られています。ヨーロッパでは、多彩な花々が咲き乱れ、人工的な美しさを追求したお城の前庭や、街の中の公園などに見られる庭があります。アジアでは自然の風景を模した形の庭園が古くから造られ、日本庭園のように眺めて楽しむ庭や、中国には舟遊びまでできるような広大な庭園があります。瀬戸内海に浮かぶ島に造られた庭は、それらのどれにも似ていない独創的な形状をしています。「淡路夢舞台 百段苑」は、建築と庭が見事に融合した庭園です。

「淡路夢舞台 百段苑」の設計者

 

「淡路夢舞台 百段苑」を手掛けたのは大阪出身の建築家、安藤 忠雄(あんどう ただお)です。彼は1941年に大阪市の港区で双子の兄として生まれました。北山家の長男でしたが母親が一人娘だったことから、母方の実家を継ぐために生まれる前からの約束で、安藤家で養子として祖父母に育てられました。中学生の頃に知り合った大工や数学の先生の影響で建築に興味を持つようになり、府立の工業高校に進学しました。彼の育った家は裕福ではなかったので、当時のプロボクサーの報酬がとても高かったことを知り、高校在学中にポロボクサーの資格を取得しました。卒業後に「グレート安藤」のリングネームでデビューしましたが、当時のチャンピオン級のボクサーの練習を見て、格の違いを目の当たりにし、一年半で引退しています。その後、色々な仕事をしながら貯めたお金で、半年以上の間、世界を旅してまわっています。その間に様々な文化に触れ、著名な建築家の作品を見る機会があったことは、その後の彼の活動に多少なりとも影響を与えているようです。大阪に帰り建築家として活動を始めましたが、大学で建築の専門的な教育を受けていない彼の元には、仕事の依頼がほとんどありませんでした。そこで彼は、たった一年の独学で建築士の資格を取得しました。建築家に贈られるノーベル賞とも言えるプリッカー賞など多くの賞賛を受けている彼は、現在も第一線で活躍しています。

「淡路夢舞台 百段苑」の所在地

 

「淡路夢舞台 百段苑」は兵庫県淡路市の瀬戸内海を見下ろす丘陵地帯に造られています。淡路市は瀬戸内海の東に浮かぶ淡路島の中の3つの自治体のうちの1つで、1番北側に位置し、神戸市と明石海峡大橋でつながっています。淡路島には3つの市がありますが、人口はほぼ同じで、2005年に5つの町が合併して淡路市が誕生しました。1995年の阪神淡路大震災の震源と推定されている旧北淡町も淡路市に含まれていて、当時の災害を忘れないようにと北淡震災記念公園が作られています。公園内には、その時に大きくずれた活断層の野島断層が保存されていて、国の天然記念物に指定されています。島の北側の細長い地形で周囲を海に囲まれていることから、たくさんの漁港があり、内海漁業が盛んで、複数の海水浴場が整備されています。大きな川が無く、降水量も少ないことから農業用水は多くのため池に頼り、農業は水が少なくても育つ玉ねぎや、温暖な気候を利用した蜜柑などの果樹栽培が主流となっています。本州の神戸市と淡路島を繋ぐ明石海峡大橋は4km弱あり、現在は世界最長の吊り橋となっています。この吊り橋のイメージと淡路市のローマ字の頭文字を合わせた意匠が、市のシンボルマークとして市章に採用されています。

 

「淡路夢舞台 百段苑」の特徴

 

「淡路夢舞台」は2000年に完成した複合施設です。「百段苑」は「淡路夢舞台」の施設の1つで、敷地の北側の一番高い場所にあり、その名の通り100もの小さな花壇で構成されています。基本的にはコンクリートで構成されていて、要所要所の壁などは天然石で覆われています。花壇は3つの概念によって大きく分けられていて、中央には広い階段が作られています。1つの花壇の広さは4.5㎡で、その中はさらに4つに仕切られているので、升目のようになっています。それらの花壇は、山肌の斜面にそって巨大な階段状になるように配置されています。それぞれの花壇を回れるように、通路や縦横に設置されている階段で行き来できるようになっています。正方形の升目のように配置された花壇を繋ぐ階段や通路は、そこを回る人に迷路をたどるような感覚を与えているようです。「百段苑」の最上段は敷地の中でも一番高い所に位置していて、施設の全貌は元より、無機質に見える花壇そのものと、そこに咲く花々や海、丘陵の木々などの自然との融合した風景を見下ろすことができます。「百段苑」の周囲には異なる意味を持たせた庭も作られていて、回遊式庭園となっています。無機質の代表とも言えるコンクリートの灰色と、四季折々に花開く小さな草花の華やかさはないながらも、静かな美しさを見せている花壇が「百段苑」です。

「淡路夢舞台 百段苑」のまとめ

 

阪神淡路大震災の犠牲者に捧げる庭としての概念を持つ「百段苑」は、「祈りの庭」として造られました。そのような意味合いもあって、植えられている草花はキク科の植物が主体となっています。「淡路夢舞台」の建設は、関西国際空港の人工島を造成するために、埋め立て用の土砂を採取したことによって壊された山を、元の姿に戻そうとする企画が設計者の主導によって進められました。失ってしまった木々を再び植樹して、人と自然が共存できる場所を造ろうとした設計者の意図は年月と共に実現に近づき、現在は様々な小動物や鳥類も棲むようになっています。

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