ベルリンのユニテ・ダビタシオン(Unite Davidathion in Berlin)

シェアする

「ベルリンのユニテ・ダビタシオン」のご紹介

近代建築の巨匠と呼ばれたル・コルビュジエが手掛けた「ユニテ・ダビタシオン」は合計3棟建てられました。
「ユニテ」とは単位や集団を表し、「ダビタシオン」は住居や家などを意味します。
「住居の統一体」または、「住居の単位」と言う意味を持つ3番目の「ユニテ・ダビタシオン」はドイツのベルリンに建設されました。

「ベルリンのユニテ・ダビタシオン」の設計者

近代建築をけん引してきたル・コルビュジエは素晴らしい発想の持ち主でした。
様々な経験と見聞きした事柄を元に、建築における従来の方法を踏破しない数々の手法を考え付きました。
その多くの建築理論を発表した当初は、斬新な工法を称賛する意見と、破天荒なやりかたに意義を申し立てる人がいました。
彼は自分が考えた多様な理論に説明的な名称もつけています。
「ドミノシステム」もその一つで、ラテン語の家を表す単語や板を次々に倒していくゲームの名前、革新性を意味する言葉を組み合わせて新しい言葉を作り出しました。
その理論は鉄筋コンクリート製建築物の構造を簡単な方法で表しています。
鉄筋コンクリート製の建物は、スラブと言われる水平な床面(もしくは天井面)と柱と階段で出来ていると言う考えです。
このことにより同じ面積や体積の部屋が簡単に作り出されると言う利点があり、瞬く間に世界中に広まり、現在でも通用しています。

「ベルリンのユニテ・ダビタシオン」の所在地

ドイツ連邦共和国の首都であるベルリンには波乱万丈の歴史があります。
ベルリンの語源は大昔の言語で「湿地」を意味する単語、市の紋章にも表してあるように「熊」と言う意味など、色々な説があります。
太古からこの地域の中心地として栄えてきた街ですが、その為に様々な王国や帝国が覇権を争う場ともなりました。
第二次世界大戦後には4つの国が統治することになり、市内は高い壁によって30年近くも西と東に分断されていました。
現在のベルリンは大都市にも関わらず面積の三分の一が、森や公園などの緑地と河や湖が占めていて自然が多く環境に配慮した街となっています。
活発な経済や文化も含めて、世界でも住みやすいトップクラスの都市と言われています。

「ベルリンのユニテ・ダビタシオン」の特徴

1957年に完成したマルセイユ、フィルミニに続いて3番目の「ユニテ・ダビタシオン」です。
オリンピックスタジアムのすぐ南側に建つ集合住宅で、基本的な構造や外観は他の2棟とよく似ています。
17階で1部屋から5部屋構成の500戸以上の住宅がはいっています。
当初ほぼ住居のみで、商店などは入居していませんでした。
外観は様々な色が使われています。
正面から見るとシックな色の組み合わせが何種類もあり、少し斜めから見るとカラフルな色が使われています。
コンクリートの地味な色合いが払拭されるようにペイントされています。
まるで森の中に建っているようなので自然に溶け込むようですが、主張するような部分もあります。
高床のようなピロティ方式がとられて、実質1階には住居はありません。
ピロティと呼ばれる柱の一部には、片手を上げた人型が彫られていて古代の遺跡のレリーフの様です。
これは、建物の寸法を割り出すための理論である設計者の理論、「モデュロール」を表しています。

「ベルリンのユニテ・ダビタシオン」のまとめ

他の2つの「ユニテ・ダビタシオン」はル・コルビュジエの本拠地フランスにありますが、ドイツに建てられたこの建物には色々な制約が課せられました。
その為、屋内の塗装は味気ないものになり、屋上庭園もありませんでした。
設計者のル・コルビュジエの構想とは違うことでとても不満だったそうですが、建築に関する法律や規約に違反することも出来ず不本意な部分が多く残されました。