プラダ青山(prada-boutique-aoyama)

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「プラダ青山」のご紹介

イタリアのファッションブランドである「プラダ」の日本における基幹店として造られたのが「プラダ青山」です。皮革製品を作っていた兄弟がミラノにお店を開き、様々な素材を使って鞄を作っていました。それから約百年、今では世界トップクラスのブランドになっています。

「プラダ青山」の設計者

スイスのバーゼルに本拠地がある、ヘルツォーク&ド・ムーロン建築事務所のジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンは、訪れる人が楽しめる面白い建築物を作るべきだと言っています。多くの建物を手掛けていますが、一つとして似ている物はなく、建築場所や目的に合わせ様々な形をとっています。建築材料も多種多様な物を使い、斬新な建物を作っています。彼らは「建物は机の上で作られるのではない」との考えで、建築中には幾度となく現場に足を運び、業者などとお互いに納得のいくまで何度も打ち合わせを行っています。世界的に名誉のある数々の賞を受賞している彼らの元には世界中に数百人のスタッフがいます。

「プラダ青山」の所在地

東京都港区の北青山から南青山を通称「青山」と呼んでいます。過去の歴史を見ても「青山」だけの地名は存在していません。徳川家康の家臣であった青山家の下屋敷があった場所で、広大な敷地を擁していました。それ以前は、草の生い茂る荒れ地であったようです。江戸が栄えてくると共に、雨乞いや五穀豊穣を祈るための大山詣での為の大山街道が発達してきました。それ以外でも重要な交通路として物資の運搬や人々の往来が活発でした。現在の青山通りは、この大山街道の一部でした。当時の道しるべとしても使われた庚申塔が今でも立っています。青山が現在のような姿になったのは昭和39年の東京オリンピックの時でした。今では、ファッションの街として流行の最先端を発信しています。

「プラダ青山」の特徴

カットグラスのように見えるガラスの建物です。斜めの格子模様が、シンプルな美しさを出しています。ひし形を形成している部分が建物を支える役割をしていますが、日本のように地震の多い地域にはこのような建て方は向いていません。それを回避するために、地下に免震装置と言う揺れを逃す構造物が設置されています。ガラスの部分は平面の物だけでなく凸面になったガラスブロックも使われています。この凸面のガラスがランダムに組み込まれているおかげで、屋内の様子がそのまま外から見えないようになっています。建物全体はシンプルな形で地上7階なので、あまり大きな建物ではありませんが、厚みのあるガラスがゴージャスな雰囲気を出しています。

「プラダ青山」のまとめ

イタリアのファッションメーカーがスイスの建築事務所に依頼して、日本の工務店が首都に基幹店舗を作ったことは、なんだか国際協力のような感じがします。依頼主の希望と建築場所の地域性と現代の建築技術が、うまくかみ合って初めて素晴らしい建築物が出来上がります。「プラダ青山」は、その良い見本のような建物ではないでしょうか。また、敷地内にはベンチが置かれたプラザと呼ばれる小広場があり、奥の壁面は緑化されていて、建物の周辺にもちょっとした気遣いが伺われます。