M2ビル(M2building)

「M2ビル」のご紹介

 

どんな分野の達人でも駆け出しの時はあり、最初期に世に出した作品が達人の域に達した時の作品と大きく印象を変えることがあります。建築家として30年以上の実績を持つ隈研吾の作り出す作品は日本各地は元より、世界中で見ることかできます。多くは木材を使用した建築ですが、彼の原点にはコンクリートの建物もあります。「M2ビル」は、若い時に彼が考えていた建築に対する思いが表されている建物です。

「M2ビル」の設計者

 

「M2ビル」は、多彩な作品を数多く世に送り出している建築家の隈 研吾(くま けんご)が初期に手掛けた建物です。第二次大戦後の高度成長期に差し掛かる直前の1954年に横浜で生まれた彼は、ミッション系の学校で中等教育を受け東京大学で建築を学びました。同期生の多くは卒業後に有名な建築家の元で働くことを選びましたが、彼は世間の波にもまれることも大事だと考えて、建築系の企業に就職しました。その後、転職、一時期はアメリカの大学で学んでいたこともありました。1987年にデザイン事務所を開設した後の、1990年に「隈研吾建築都市設計事務所」を設立して、本格的に建築家として活動を始めました。しかし、当時はバブル景気の崩壊で経済成長が一気に落ち込んできた時代で、大きな依頼はほぼ無い状態でした。そんな中でも事務所を開設した当初の作品は、ポストモダン等に表されるような建築物を生み出していました。転機が訪れたのは、事務所開設から数年後で、四国の古い劇場の移設に関わったことでした。その仕事で木材の良さを思い出し、それ以降は木を使った作品を多く作り出すようになりました。彼は、大変多くの作品を手掛けていて、多彩で多様な建築物がありますが、時代と共に作品の雰囲気が変わっています。また、著書もたくさん執筆していて、多才な面も持ち合わせています。

「M2ビル」の所在地

 

東京都世田谷区の環状八号線沿いに「M2ビル」が建っています。世田谷区は東京23区の南西の端に位置していて、多摩川を挟んだ対岸は神奈川県です。太古より流れている多摩川沿いにはたくさんの貝塚や遺跡が見つかっていて、都内でも有数の出土量を誇っています。およそ3万年前の石器時代の遺跡などが見つかっている世田谷区は、23区内で最も居住人口が多い地区で、世帯数も最大です。羽田空港の埋め立てが行われたことで、面積は23区内で2番目の広さとなっていますが、人口密度は低くなっています。このようなことから、世田谷区の土地利用は大半が住宅となっていて、1部は高級住宅街にもなっています。商業地の割合は多くありませんが、数百年続く市が今も毎年開催されています。16世紀の戦国時代に、この地域を納めていた北条氏政の命によって始まったとされる市です。当時は五日ごとに開かれていた楽市ですが、時代の流れと共に縮小されてきました。しかし、細々とながら続いていた市は年末年始に開催されてきて、現在に至ります。昭和の最盛期には数千の店が出店していました。明治の頃には古着を扱う店が多く、その頃に「ボロ市」と呼ばれるようになって、毎年12月と1月の15日と16日に開催されています。400年の間続くこの市は、世田谷区と東京都から無形民俗文化財に指定されています。

 

「M2ビル」の特徴

 

「M2ビル」は、自動車メーカーのショールーム兼研究施設として1991年に完成したコンクリート製の建物です。この建物は混沌とした外観の建物で、一言では言い表せない建築物です。例えば、デフォルメされたギリシャ神殿の様であり、モダニズムとポストモダンの間に現れたブルータリズムの雰囲気が垣間見えたりしています。一番目を引くのは、中央にあるギリシャ神殿の円柱を模した大きな柱です。柱の上部はギリシャ神殿の円柱にも見られる、イオニア式の柱頭(ちゅうとう)のような装飾が施されています。柱頭の上には天窓が取り付けられていて、日の光が差し込み中空の円柱に不思議な空間が作り出されています。巨大な円柱は中が空洞になっていて、屋外は見えませんがガラス張りのエレベーターが設置されています。中央の柱から左右でデザインが違うことも特徴の一つです。左側は一見して普通のビルのようですが、高層ビルの外壁を掃除するためのゴンドラのような金網で作られた上下3列の構造物が2カ所に取り付けられています。右側はアールデコのような幾何学模様が外壁に装飾として施されていて、幹線道路に面した1階部分にはガラスがはめ込まれたアーチ型の開口部が作られています。近代的な建物と中世を思わせる建物が同居している「M2ビル」は、東京23区の外周にある様々な建物を混ぜ合わせたと設計者は語っていました。

「M2ビル」のまとめ

 

「M2ビル」は、今は落ち着いた曲を奏でるアーティストが、若い頃はロックを掻き鳴らしていたようなイメージを建築家に置き換えた印象があります。設計者は、この建物を18世紀のイタリア人建築家に敬意を込めてデザインしたようです。自らの事務所を開設して間もなくの作品で、このように大胆な建物が出来上がったことは、ある意味の賞賛が与えられています。実際には完成して30年余りですが、年代不詳とも言える「M2ビル」は、現代に於いても一見の価値がある建物と言えるのではないでしょうか。

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