マルホンまきあーとテラス

「マルホンまきあーとテラス」のご紹介

2011年に日本を襲った未曽有の大災害は、人命はもとより街の灯も消してしまいました。災害後、真っ先にしなければいけない事は人々の暮らしを支える事です。趣味や余暇の事などは全て後回しにされるのは当然の事でしょう。しかし、日常が戻ってくれば楽しみを求めてもかまわないのではないでしょうか。「マルホンまきあーとテラス」は、石巻市が蘇ってきた証とも言える複合文化施設です。

「マルホンまきあーとテラス」の設計者

「マルホンまきあーとテラス」の設計は、近年活躍が目覚ましい建築家の藤本壮介が手掛けました。彼は、精神科医の父の元、1971年に北海道の小さな町生まれました。彼が思う本当の建築に初めて出会ったのは、生まれた家にあった1冊の写真集だと言っています。それは、完成しない建築物として有名な、スペインのバルセロナに建つサグラダファミリアの建築家として名高いアントニ・ガウディの写真集でした。ガウディの特徴的な作品を目の当たりにした彼は、かなりの衝撃を受けたようです。それまで彼が目にしてきた建物は、普通の家であり、ありふれたビルでした。その写真集に載っていた多くの建築物を見て、建築は創造性の高いものであり、芸術の域にまで達するものがあることを知りました。彼の作品にはいくつかの共通点がありますが、その中の一つに生物、特に植物を模倣するような印象の建物があります。サグラダファミリアにある複数の尖塔が木の枝に見立てられることもある事から、ガウディの影響がまったく無かったとは言えないでしょう。この事は、子どものときに出会った印象的な事柄が、その後の人生を大きく左右した良い例の一つではないでしょうか。

「マルホンまきあーとテラス」の所在地

複合文化施設の「マルホンまきあーとテラス」は、宮城県の県庁所在地である仙台市から北東に約40kmの所に位置する石巻市にあります。仙台市に次ぐ県内第二の街で、古くから港町として栄えてきました。市街地を取り囲むように散在する丘陵では、複数の貝塚が見つかっていて、縄文時代にはすでに集落として人々が暮らしていたことがわかります。街の名前が歴史に登場したのは、およそ1,500年前までさかのぼることが出来ます。その頃は「伊寺水門(いしみなと)」と言う名で、街の中心部を流れる北上川の河口に存在する港街でした。江戸時代初期に藩主の伊達政宗の命で、北上川の流れを変え、川底を深くする大工事が行われました。その成果は川と海の水運を繋ぐ要所として、重要な港に発展したことでわかります。この大工事の責任者であった川村孫兵衛重吉が山口県萩市の出身であったことから、友好都市の協定を結んでいます。また、伊達政宗は欧州との交易を目指して、慶長遣欧使節(けいちょうけんおうしせつ)を送り出しています。使節団が欧州に上陸した地点だったことから、イタリアのチダヴェッキアと言う街と姉妹都市協定を締結しています。その時に建造された、サン・ファン・バウティスタ号を復元した船が「慶長使節船ミュージアム」として、市の南部に展示されています。

「マルホンまきあーとテラス」の特徴

2021年に開館した「マルホンまきあーとテラス」は、白い家が連なったような外観の建物です。2011年の大災害によって壊滅的な被害を被った、街の市民会館と文化センターを合わせた施設として建設されました。建設場所に選ばれたのは、多くの市民が住居を失った為に建てられた仮設住宅が建ち並んでいた場所です。いくつもの家が連なったような形は、昭和初期の頃の旧北上川沿いに建ち並んでいた家々の風景をなぞらえたものとなっています。5つの屋根が並び、工場の煙突のような部分もあって、一つの建物が街の風景を映し出しているようです。一番高い部分は地上高31mの大ホールがある場所ですが、周辺の住民に圧迫感を与えないように配慮されて、西側にある住宅地から一番遠い東側の端に作られました。設計者の藤本壮介の理念に沿ったように、屋内も境界の曖昧な部分がたくさんあります。通常なら裏方となるような楽屋や倉庫のような場所も、解放される部分もあります。また、随所に椅子やテーブルが設置されて、館内のどこでも多岐にわたった活動ができるようになっています。小ホールは舞台と客席を分けないようなフラットな床になっているので、多様な使い方ができるようになっています。館内は、外観と同じく白を基調とした色に統一され、階段などに使われている木材の色と調和して穏やかな空間を作り出しています。

「マルホンまきあーとテラス」のまとめ

この施設の愛称は公募によって決められました。「まきあーと」とは、石巻の「まき」と芸術を表す英単語の「アート」を合わせた名称となっています。「マルホン」は命名権を獲得した地元の建設会社の名前で、「マルホンまきあーとテラス」の建設にも携わっていた会社です。「マルホンまきあーとテラス」の背後には、トヤケ森山と言う小さな山があります。設計者の藤本壮介の作品によく見られる白い建物の「マルホンまきあーとテラス」は、山の緑に映えて堂々とした印象の中にもエレガントな雰囲気も持ち合わせています。「マルホンまきあーとテラス」は、多くのものを失った街に新たな明かりを灯す一つの証明ではないでしょうか。