ドイツ連邦議会議事堂(Reichstagsgebäude)

「ドイツ連邦議会議事堂」のご紹介

 

歴史の中では、多くの国が繁栄したり衰退して他の国に統合されたりした記録が数多く残されています。近代では、第二次世界大戦によって2つに分断されてしまった国がありました。ドイツは古い歴史ある国ですが、世界中を巻き込んだ戦争によって、比較的最近まで2つに引き裂かれていました。再び1つに統一された時に、政治を司る場所の選定が行われ、古くからある議事堂が使われることが決まり、大規模な改修工事が行われました。生まれ変わった国の中心となる建物が、「ドイツ連邦議会議事堂」です。

「ドイツ連邦議会議事堂」の設計者

 

「ドイツ連邦議会議事堂」の改修は、建築設計競技会で担当する建築家が選ばれました。世界中から多くの応募が集まり、見事優勝を勝ち取ったのがイギリスの建築家ノーマン・フォスター卿(テムズバンクのフォスター男爵 ノーマン・ロバート・フォスター )です。彼は、イングランド北西部に位置するレディッシュと言う町で1935年に生まれました。機械工場で働く父親の影響で、工学技術やデザインなどに興味を持ち、それが建築に関心を持つきっかけになったようです。両親とも勤勉で彼は一人っ子でしたが、家庭は裕福ではなかったようで、他の理由もあり、16歳で通っていた学校をやめて自治体の研修制度を利用して働くようになりました。空軍で兵役を終えた後に建築事務所で働く機会を得て、彼が建築家になるための助言を貰うこともできました。20歳を過ぎてから、本格的に大学で勉強を始めましたが、学資のために様々なアルバイトをしていました。学校を卒業した後に奨学金を得ることができて、アメリカに渡り、更に建築を学び、後の良きパートナーにもなった建築家と出会うことも出来ました。1963年に開設した「チーム4」を経て、1967年には独立して「フォスター&パートナーズ」を創設しています。長年の彼の功績が認められ、1990年にはナイトの称号を授与され、1997年にはメリット勲章を授けられています。

「ドイツ連邦議会議事堂」の所在地

 

「ドイツ連邦議会議事堂」は、ドイツ連邦共和国の首都ベルリンの中心部にあるミッテ地区に建てられています。街の名称は古い言葉で「沼地の場所」と言う意味で、地理的に2つの大きな川と大小の湖や沼地があることから、うなずける名前と言えます。ヨーロッパの自治体には、法律などによって紋章が決められている場合がよくありますが、ベルリンの紋章には「クマ」が使われています。赤い爪と赤い舌を出しているクマは「ベルリンのクマ」と呼ばれ、13世紀頃に町が設立された時から使用されています。クマが使用された理由には2つの説があります。1つは、ベルリンの地名の由来となった古い言葉の「沼」とクマの単語の響きが似ていたことです。もう1つは、この地域を治め、町を建設した神聖ローマ帝国の選帝侯の1人が「熊公爵」と呼ばれていたことです。紋章が現在のデザインになるまでは、少しずつクマの絵が変わっていましたが、20世紀に入ってから爪を立てて立ち上がった熊の絵になっています。中世以前の太古よりこの地域には人々が暮らしていたようです。最終氷河期にはすでに氷河が退いていたことで、およそ6万年前にはすでに人類が定住していた痕跡が見つかっています。その頃から断続的に人が暮らしていましたが、紀元前5世紀頃にはゲルマン人が定住するようになり、現在に至っています。数万年前から様々な時代の遺跡が数多く発見されています。

 

「ドイツ連邦議会議事堂」の特徴

 

21世紀を目前とした1999年に大規模な改修工事が終了し、「ドイツ連邦議会議事堂」は新しくなった姿を見せました。外観はほとんど最初の建設当時のままですが、中央のドームだけは近代的な見た目と最新の設備に生まれ変わっています。もともと中央にはドームがありましたが、いかつい感じの印象がありました。依頼主の国と設計者は、外観については歴史を重んじることを大事にして、大幅な変更は行いませんでした。ガラスのドームは議場を明るくする役割があり、展望台にもなっています。ドームが設置してある床の部分から議場を見下ろすことも出来て、開かれた政治をアピールしています。24本の鉄骨に、17本の水平に取り付けられたリング状の骨組みがガラスを支えています。中心部には、漏斗状になった鏡のように光を反射する構造物が設置されています。360枚の鏡は、太陽の動きによって角度が変わるように制御されていて、議場に直射日光が入らないようにしたうえで、自然の明るさを提供できるようになっています。また、漏斗の内側は換気の役割も果たしていて、空調にかかるエネルギーの削減に役立っています。ドームは直径が38mで、床面から一番高い所が23.5mあります。内部には2つの螺旋状になったスロープが取り付けられていて、地上高47mの位置にある展望台に上がることができます。

「ドイツ連邦議会議事堂」のまとめ

 

ドイツの国会議事堂は、19世紀にドイツ人建築家によって設計され、10年の歳月をかけて建設されました。20世紀に入って火災や戦争によって大きな被害を受けましたが、基本的な外観と構造は持ちこたえることが出来ました。屋内は全て新しい素材で作り変えられ、議場の椅子には設計者が特別な青系の色を指定しました。椅子の色は「国会議事堂ブルー」と呼ばれています。国の再生のシンボルと言える新しい「ドイツ連邦議会議事堂」は、街のランドマークとなり、誰でもが訪れることのできる観光名所の1つにもなっています。

 

 

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