キューバ国立美術学校(The National Art Schools of Cuba)

「キューバ国立美術学校」のご紹介

 

政治的に不安定な国はいつの時代にも存在します。そのような国に生まれても信念を持って自分の道を進む人がいます。美しい海に浮かぶ島国に生まれた建築家は、故郷の国に戻ったわずかの期間で素晴らしい施設を建設しました。「キューバ国立美術学校」は、いくつもの困難を乗り越えて出来上がった、独特の雰囲気を持つ建物です。

「キューバ国立美術学校」の設計者

 

カリブ海の島国キューバで生まれ、生涯のほとんどをフランスで過ごしたリカルド・ポロ(リカルド・カルロス・ポロ・イダルゴ)が「キューバ国立美術学校」を手掛けました。彼は、1925年にキューバ本島の中央南東寄りにあるカマグエイと言う街で生まれました。首都ハバナにある大学で建築を学び、卒業してすぐに最初の作品となる別荘を建設しています。その建物は、近代建築の巨匠と謳われたドイツの建築家、ミース・ファン・デル・ローエの作風に大きく影響されていたようです。大学卒業の翌年に、都市計画を学び、研究するためにフランスへ渡りました。2年間の研究を終え、帰国した彼は本格的に建築家としての活動を開始しました。彼の作品は独特の雰囲気を持っていて、彫刻作品と思われるような特有の有機的な建物を生み出しています。政治情勢が不安定になり、身の危険を覚えた彼は、1957年に南米のベネズエラへ亡命して、首都のカラカスにある大学で教鞭を執っていました。そして、3年後に当時のキューバの指導者から「キューバ国立美術学校」の建設を任されることになって帰国しました。複数の芸術系の学校の建設を任されていましたが、再び政治が不安定になり、全てを完成させる前にフランスへ渡り、結果的に永住することになりました。フランスでも建築家として活動し、後進のために教鞭を執っていましたが、2014年に心臓を悪くしてパリで89年の生涯を終えています。

「キューバ国立美術学校」の所在地

 

「キューバ国立美術学校」は、キューバ共和国の首都ハバナに建設されました。キューバは本島であるキューバ島と、かつてはピノス島と呼ばれていた次に大きな青年の島の他に4,000以上の小島で構成された島国です。アメリカのフロリダ半島と、メキシコのユカタン半島のほぼ真ん中に浮かぶキューバは、南にカリブ海が広がり、北はメキシコ湾に面しています。首都のハバナは本島の北西にあって、アメリカ本土最南端のキーウエストから約170kmに位置しています。地名の由来には諸説ありますが、この地に古くから住んでいた先住民族の族長の名前から採られたと言う説が有力です。この街は、カリブ海地域で最大の都市であり、1つの街だけで州を構成しています。そのことから、国で1番面積の狭い州となっていますが、国の人口の2割がこの街で暮らしています。16世紀にスペインによって建設された初期の街の1つで、当初はアメリカとヨーロッパを繋ぐ交易の要所でした。そのような歴史から、この街にはヨーロッパ風の建物が多く残されています。また、ムデハル美術と呼ばれる特徴的なデザインの建築物があります。キリスト美術とイスラム美術が融合したデザインで、涼しく広々とした空間が作り出されていて、高温で多湿の気候のこの地域に適していました。他にもアールヌーボーやアールデコ、それらを融合させた様々な様式の建築物が今も街中で見ることができます。

 

「キューバ国立美術学校」の特徴

 

「キューバ国立美術学校」は5つの部門に分かれて建設される予定で、1961年に設立されました。しかし、実際に完成したのは2つの部門だけで、残りは未完成のまま放置されていました。完成した建物も建設にあたっては様々な困難がありました。まず、たったの2ヵ月で5つの学校を設計することでした。設計者は2人のイタリア人建築家に応援を求め、共同で設計作業にあたりました。また、国際関係の影響で建設資材が手に入りにくく、鉄骨や鉄筋などの鋼鉄製材やコンクリートが非常に高価となっていました。その為、この建物は地元の粘土を利用したモルタルやレンガ、陶器製のタイルで仕上げられました。しかし、それらの建材がこの建物を魅力的にしたのは間違いありません。レンガの赤い色とモルタルの白い色が、年月を経ても穏やかな色調を保っています。迷路のようになっている一連の通路の所々に、ドーム型の屋根を持った楕円形の教室が作られていて、小さな部屋が数珠繋ぎのようになっています。それらの部屋は壁などで仕切られずに、部屋と通路、中庭などの屋外との境界が曖昧になっています。そのため、教室には明確な出入口が作られていません。屋根は単なるドーム型ではなく、円形の屋根に意匠を凝らした模様が作り出されています。通路はレンガが組み上げられて作られ、屋根と支柱だけになっている所がほとんどです。これは、この地域の気候を考慮して風通しを良くして、涼しくなるようになっています。

「キューバ国立美術学校」のまとめ

 

国の内外の政治的影響をそのまま受けてしまった「キューバ国立美術学校」は、世界でも類を見ない素晴らしい建築物であったにも関わらず、まともに使われないまま数十年が経過しました。月日が経って荒廃するままになっていた「キューバ国立美術学校」を蘇らせたいと考えた様々な国の人々によって、近年、清掃や修復が行われ、国の記念物に指定されました。また、ユネスコの世界遺産にも暫定的ではありますが、登録されました。

 

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