サミタウルの搭(Samitaur Tower)

「サミタウルの搭」のご紹介

 

昔の芸術作品と言えば、絵画や彫刻など限られた表現方法しかありませんでした。それでも素晴らしい作品は数多く残され、数百年前の作品でも人々の関心を引き付けています。現在は科学技術の進歩が速く、その技術を使うことで表現の仕方の幅がとても広くなってきました。その中でも、光を使う多様な芸術作品が近年増えています。昔は光をとどめておく方法はわずかでしたが、現在では光を使った作品を鑑賞できる様々な方法があります。「サミタウルの搭」は、街の中でそのような作品を鑑賞することができる建築物です。

「サミタウルの搭」の設計者

 

「サミタウルの搭」を手掛けたのは、生まれ育った地域の活性化に大きく寄与している建築家のエリック・オーウェン・モスです。1943年にアメリカの西海岸にある都市のロサンゼルスで生まれ、カリフォルニア大学とハーバード大学で建築を学び、研究していました。1973年に自らの建築事務所をロサンゼルスの隣にあるカルバーシティに開設しました。彼の生み出す建築物は、モダニズム建築に分類される素材を使っていても特有の解釈で独特のデザインに仕上がっています。彼が生まれた年は第二次世界大戦のまっただ中でしたが、物心つく頃には戦争も終わり、復興のための建築ラッシュと、この地域でのモダニズムを目の当たりにして育ったことが彼の作品の根底にあるようです。事務所がある街は時代の流れと共に大きく変わってきて、広い工場や建物が使われなくなって放置されていたことがありました。そのことを憂えていた所有者が、再開発の企画や設計を彼に依頼したことが彼が大きく評価される元となりました。使われなくなった工場や倉庫などは、建物を取り壊してから新たに建物を建設することがよくありますが、彼は残された建物をそのままにしたうえで、新たな表現や方法で生まれ変わらせる事が出来ました。その企画によって、街では彼のおかげで街に活気が戻ってきたと考えている住人もいるようです。現在は建築家としての活動と共に、アメリカ国内やヨーロッパの大学で教鞭も取っています。

「サミタウルの搭」の所在地

 

「サミタウルの搭」は、アメリカ合衆国の西側にあるカリフォルニア州カルバーシティの倉庫群再開発計画地の角に建っています。この街はアメリカ西海岸の都市、ロサンゼルスに隣接する街で、一部を除いたほとんどがロサンゼルス市に囲まれています。19世紀から20世紀の初めにかけて活躍した不動産開発を生業とする人物がこの地域を開発し、住民の投票によりロサンゼルス市には入らず、独立した自治体でありたいと望んだ結果、1917年に正式に独立した自治体として認められ、この地を開発した人物の名前が街の名称となりました。この街は、国が認めた自治体となってすぐに映画やTV番組の制作会社が本社を置くようになりました。また、第二次世界大戦中には、航空機製造の企業が大規模な工場を建設して、軍用機やその付属部品などを製造していました。20世紀の半ばになると経済活動の傾向が変わり、工場の海外移転や映像制作会社の大きなスタジオが閉鎖されるなど、街の活気が下がってきました。しかし、そんな中でも世界的に有名な映像制作会社はそのまま本社を置き、工場跡地などの再生が行われるようになりました。この街には特筆すべき施設があります。「ウェンデ博物館」は、第二次世界大戦後の冷戦時代に的を絞った博物館で、博物館の外には1989年に取り壊された「ベルリンの壁」の一部が展示されています。

 

「サミタウルの搭」の特徴

 

「サミタウルの搭」は、1988年から続く街の再開発計画の一端として建設された展望台を兼ねた芸術作品や広告の映像を投影できる搭です。2010年に完成したこの搭は、地表面から約3m掘り下げられ、地上は5階分の高さがあります。鉄骨の骨組みに、鋼鉄製の直径が9mのリング状になった部品が取り付けられる形で作られています。リングはスクリーンを支えるために設置されていて、搭の中心部の柱から最大で6m張り出しています。スクリーンは、少しづつ向きを変えて5つの階層に分けられています。床部分と階下の天井部分は共有のコの字型の鋼材が使用されていて、天井にはスクリーンに投影するためのプロジェクターが取り付けられています。スクリーンは乳白色で二重になったアクリル板が使われ、間には光学フィルムが挿入されています。光学フィルムは投影される映像が鮮明になる効果が得られます。スクリーンの向きはやや下になっていて、敷地の角に立つ搭の横を通る人が見やすいようになっていて、3方向から見られるようになっています。1番下のスクリーンは地表面から約3m掘り下げられたところに作られた、コンクリート製の階段状になった観覧席から見えるようになっています。搭の中央部には階段とガラス張りのエレベーターが取り付けられていて、搭の背面からは街の風景が見られる展望台の役割も果たしています。

「サミタウルの搭」のまとめ

 

「サミタウルの搭」の周辺は、建物の高さが17mを越えないように自治体で制限されています。しかし、「サミタウルの搭」だけは例外となっていて高さが約22mあります。この搭が立っている場所は、少し前まで使われなくなった工場や倉庫がそのままにされていたさびれた場所でした。再開発と言われていますが、建物のほとんどはそのまま使用されていて、街の再生と言える場所になっています。「サミタウルの搭」は、その再生のシンボルと言える建造物となっています。

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