パールファーム ビーチ リゾート(Pearl Farm Beach Resort)

「パールファーム ビーチ リゾート」のご紹介

 

南国の島にある船着き場は、以前、見知らぬ人が来ることを監視する役目がありました。今日では、その船着き場は多くの人々が島を訪れる時に降り立つ最初の場所であり、来島した人を歓迎するところになっています。近年まで真珠の養殖を行っていた海辺には、伝統に培われた家屋を参考にした宿泊施設が建ち並んでいます。「パールファーム ビーチ リゾート」は、この国の歴史と民族に育てられた民家に倣った建物です。

「パールファーム ビーチ リゾート」の設計者

 

「パールファーム ビーチ リゾート」を手掛けたのは、フィリピンの建築家、フランシスコ・マニョーサ(フランシスコ・”ボビー”・トロンケド・マニョーサ)です。彼は1931年に、水道局の局長も務めた父と、フィリピンの映画界で最初期の女優だった母親の元にマニラで生まれました。青年時代に「ボビー」と言うニックネームで呼ばれていた彼は、ジャズピアノを楽しんでいたこともあって、将来は音楽関係の仕事に就きたいと考えていました。しかし、衛生技師だった父から強く勧められて、建築を学ぶためにマニラの大学へ通いました。大学を卒業してすぐに、違う国で暫く暮らすことを提案された彼は、日本を選び1年間滞在していました。日本を選んだ理由は、この国がアメリカの近代建築に大きな影響を与えたフランク・ロイド・ライトに感銘を与えたことです。彼も伝統と歴史が培われた日本建築に魅了されました。この経験が以後の彼の作品に大きな影響を与えたようです。日本での滞在を終えて帰国した彼は、兄弟と共に小さな建築事務所を開設して、建築家としての活動を始めました。当時は近代化が進められて、建築界にもモダンで近代的な建物がもてはやされているときでした。しかし彼は、国の伝統と歴史、民族を重要視した上で、古くから使われていた素材と建築方法を取り入れた建物を作り出すことに意味を見出していました。国の発展にも寄与し、いくつかの勲章を授かった彼は2019年に88歳で病気のために亡くなっています。

「パールファーム ビーチ リゾート」の所在地

 

「パールファーム ビーチ リゾート」はフィリピン共和国のサマル島(正式名は、アイランド ガーデンシティ オブ サマル)にあります。フィリピンは8,000近い島々で構成される島国で、首都のマニラがあるルソン島と南部に位置するミンダナオ島の他は比較的面積の小さい島々となっています。国で2番目に大きいミンダナオ島の南東にあるダバオ湾に浮かぶ2つの島のうち大きい方がサマル島で、ミンダナオ島最大の都市であるダバオ市とは狭い海峡を挟んで1kmも離れていません。島の主な産業は農業と水産業で、ダバオ市の食料供給を担っています。主な作物は、野菜や果樹で1部では米の栽培も行われています。また、畜産も盛んに行われています。漁業も行われていますが、海老などの甲殻類の養殖も行われています。しかし、島には大きな港がないことから大型の船が使えないので、港湾施設と水産施設の整備が急がれています。他にも、20世紀初頭に日本で開発された真珠の養殖も続いていて、島の経済の一端を担っています。近年では、湾であることから穏やかで透明な海と美しい砂浜を利点として観光業に力を注いでいて、新しい宿泊施設などの建設が進められています。

 

「パールファーム ビーチ リゾート」の特徴

 

「パールファーム ビーチ リゾート」は、20世紀半ばに操業が始まった真珠の養殖場があった場所に建設されました。設計者は、フィリピンの様々な場所で暮らすいくつかの民族が培ってきた建築方法を用いて、大きさの異なる複数の宿泊施設をデザインしました。基本的に全ての建物は、地元で入手できる素材で作られています。加えて、水辺のそばに建てられていることから、水面から立ち上がるように、床が高くなっています。船着き場に1番近い場所には、3層構造の東屋のような建物があります。多角形の屋根が下の層になるに従って大きくなっていますが、この形はフィリピンの農業を営む人が作業中に被っていた、サラコット若しくはヒョウタン帽子と呼ばれる編み笠の形状を参考にしています。次に、訪問者が最初に訪れるホールのような大きな建物があります。タロガン・ホールと呼ばれるこの建物は、古い時代の王や貴族の家として作られていた大型の建物です。宿泊施設は、小さな村のように寄り添って建てられています。目的に応じて大きさが異なりますが、基本的な作りは似通っています。サマル族が建設していた家は、高い床が特徴的で、柱や床は竹が使われていて、屋根は茅葺になっています。マンダヤ族の家は竹を板状にして細い竹ひごや籐で繋いで大きな板として利用しています。外壁も兼ねた大きく傾斜した屋根を備えています。マラナオ族の作る家は、他の民族のものより床がさらに高く、屋根にも竹が使用されているものがあります。このような古くから建てられてきた家屋をほぼ忠実に再現したような複数の宿泊棟が建設されました。

「パールファーム ビーチ リゾート」のまとめ

 

伝統的な建築は、その地域の風土や気候、土地の条件などを長い年月をかけて培われた工法と地域で入手できる素材で建設されてきました。フィリピンの伝統にこだわりを持ち続けた設計者は、1976年に兄弟の元を離れ、自らの建築事務所を開設しています。現在は彼の子供たちが率いるようになり、父親の思いを受け継いで、伝統を重んじる事を理念としています。最近では「パールファーム ビーチ リゾート」の改修が息子の手によって行われました。

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