「国立劇場おきなわ」のご紹介
伝統とは、長い年月によって育まれている多種多様な分野に広がる人々の営みから生まれています。その中には、未来に残す価値のあるものがたくさんあります。沖縄の歴史の中で生まれた芸能は、後世に引き継ぐために努力を惜しまない人たちによって受け継がれてきました。「国立劇場おきなわ」は、組踊(くみおどり、くみをぅどぅい)を上演するのに見合う沖縄の伝統建築から発想を得た美しく、堂々とした外観をしています。
「国立劇場おきなわ」の設計者
「国立劇場おきなわ」を手掛けたのは、1948年に島根県のほぼ真ん中にある仁摩町(2005年に1市2町で合併して、現在は太田市)で生まれた高松 伸(たかまつ しん)です。京都大学で建築を学び、卒業後に新潟出身の建築家の元で数年間勤めていました。その後、再び京都大学の大学院で工学を研究し、博士号を取得しています。1980年に独立して高松伸建築設計事務所を設立して、本格的に建築家としての活動を始めています。独立した頃に手掛けた老舗の社屋が高く評価されて、日本建築家協会の新人賞を受賞しています。その後も住宅や店舗、商業ビルなど大小の企画を手掛けていて、新人賞を受賞してわずか5年で、日本の建築業界での最高の栄誉である日本建築学会賞を受賞しています。彼の作品は初期の頃と近年では大きく雰囲気が変わっています。建築家として活動を始めた頃は、無骨でありながら、何かを主張するようなブルータリズムと趣を同じくした、近未来的で機械のような作品が多く作られていました。独特の雰囲気を醸し出していた作風は、請け負う企画が大型化するにし従って変わってきました。近年は公共の建物や施設、中国や台湾などの海外の建物も手掛けていて、比較的おとなしい雰囲気になっています。しかし、彼には独特の世界観があって、優美な印象を持つ作品も見受けられます。1997年から16年間母校で後進の指導にあたり、アメリカやヨーロッパの建築家協会にも所属していて、書籍の執筆など現在も精力的に活動しています。
「国立劇場おきなわ」の所在地
「国立劇場おきなわ」は、沖縄県浦添市に建設されました。この街は沖縄本島の南部に位置していて、南側には県庁所在地の那覇市があり、西側に東シナ海が広がっています。大変古い歴史を持つ街で、古代では王国の中心地だった事もあります。12世紀から14世紀にかけてのおよそ200年の間、中山王国(ちゅうざんおうこく)の首都を務めていました。そのころの沖縄は北山、中山、南山の3つの王国に分かれていて、三山時代と呼ばれています。浦添城址や当時の王が眠ると言われる墓所である「浦添ようどれ」が史跡として残り、首都を務めていた事を物語っています。15世紀の初めに三山が統一されて琉球王国となり、首都は現在の那覇市に含まれる首里にうつされました。このような歴史から、この街にはいくつかの呼び名があります。首都を務めていた時の王の父親が太陽であったと言う伝説があり、この地方の方言で太陽を「てぃだ」、その子供のことを「てだこ」と呼んだことから「てだこの街」と呼ぶこともあって、街の行事などに今も使われています。また、浦添の語源も「津々浦々をおそう(支配する)」と言う意味から「浦おそい」と縮められ、さらにそれが転じて「うらそえ」になり浦添の漢字があてられたと言われています。
「国立劇場おきなわ」の特徴
2003年に完成した「国立劇場おきなわ」は、全国にある国立劇場の中で5番目に作られました。地上3階、地下1階で大小2つの劇場を備えています。比較的大きく見える建物ですが、外観によってとても優美な印象があります。まるで、幾何学模様に編まれた中世ヨーロッパの貴婦人のドレスに付けられているレースの立ち襟のようであり、また、切り込ガラスの模様にも見える趣のある建物です。連続したひし形の幾何学模様は、沖縄の伝統的な建物の設備から着想を得ています。「ニチブ」と呼ばれる伝統的な外壁の作りに見られる模様で、割った竹を斜めの格子状に組んで作られます。現場でコンクリートを型枠に流して、上下の長さが12m、幅が2m弱の大きさで、最大重量が30トンもあるパーツを作り、それを組み立てていきました。この外壁は上に行くに従って外側に反るように作られています。この形も古い建築物から発想を得ています。沖縄は古くから現在に至るまで、夏の時期には熱帯性の暴風雨に晒されてきました。「雨端(あまじ、あまはじ)」と呼んばれる、大量の雨から屋内を護るために、軒先に柱を立てて軒を大きく張り出して作られた所を参考にしています。外壁の下部にはアクセントとして白い部分がありますが、これには沖縄で古くから使われている「琉球石灰岩」が使用されています。この石材は、館内の床にも使われていて、デザインと共に素材も地元の物が使われています。
「国立劇場おきなわ」のまとめ
沖縄の伝統芸能である組踊は、18世紀の頃に現在の中国から訪れてくる要人を接待するために考案されたと言われています。能楽や歌舞伎と同じく、楽曲と節回しのある台詞に舞を合わせた劇です。1972年には国の重要無形文化財に指定され、2010年にはユネスコの無形文化遺産にも登録されています。連綿と受け継がれてきた芸能を披露する場所として、伝統にのっとって建設された「国立劇場おきなわ」は、その文化にふさわしい建物と言えるのではないでしょうか。
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