「カエディ地域病院」のご紹介
発展途上の国や政治的に安定していない地域でも、多くの人々が暮らしています。衣食住は最低限に必要な事ですが、医療も安心して暮らすために重要な事柄です。アフリカの西にある国では、地域医療施設が手狭になってきたことから、拡張工事が行われることになりましたが、資金や労働力の不足が問題となっていました。それらの困難を克服した上で、労働者の訓練も行って完成した医療施設が「カエディ地域病院」です。
「カエディ地域病院」の設計者
「カエディ地域病院」の設計を担当したのは、イタリア人建築家のファブリツィオ・カローラです。1931年イタリア第三の都市ナポリで建築関係の職に就いていた家系に生まれた彼は、10代の終わりころには国を出てベルギーの首都ブリュッセルの建築学校に通いました。25歳の時に学校を卒業し、ブリュッセルで建築家としての活動を開始しました。彼の通っていた学校は、19世紀から20世紀にかけて花開いた自然や曲線の美しさを前面に出す、アールヌーボーと関りの深い学校でした。そのことと関連性があるかは定かではありませんが、最終的に彼の目指す建築は自然と深く関わり合う事を目標として、生物気候建築と言う概念を提唱していました。建築家として活動を始めた当初は、工場である程度作り上げられた部分を、建設現場で組み立てるプレハブ工法を研究し、木材を利用したプレハブ住宅を試作したこともあります。そのころにイタリアでも建築の学位を取得しています。30歳になる頃彼は、アフリカでの企画に携わりましたが、ヨーロッパでも活動していました。彼の建築家としての転機は、1972年にアフリカへ渡り、自給自足の大地で太古から続く建築方法を学んだことでした。そこで、自然の環境と建築に大きな繋がりを見出し、近年、良く耳にする持続可能な建物をいち早く実践してきました。アフリカの古い建築方法に改良を加え、新しい工法も考え出し、ヨーロッパやアフリカの若い建築家に実践を通して学ぶことの大切さを伝えてきた彼は、2019年に生まれ故郷のナポリで87年間の人生の幕を下ろしています。
「カエディ地域病院」の所在地
「カエディ地域病院」は、アフリカ大陸の西に位置するモーリタニア・イスラム共和国の南部にあるカエディと言う街に建設されました。モーリタニアは古代には大きな王国が存在していた記録があり、他のアフリカ諸国と同様にヨーロッパの植民地となっていた時代もある国ですが、1960年に1つの国家として独立して共和制国家となりました。この国は、日本と深い繋がりがあります。約50年前に1人の青年が国際協力の名のもとにモーリタニアに派遣されました。彼は、たった1人で派遣されたにも関わらず、この国の発展のために尽力しました。約7年間、大西洋での漁業指導に当たっていましたが、元々、国の海岸線が短く、漁業の指導は困難でした。しかし、あるとき近くに「タコ」の漁場を発見し、タコ漁に力を入れるようになりました。現地では「タコ」を食べる習慣はなかったようですが、日本に輸出することによって大きな経済発展を導き出しました。現在、日本で消費される「タコ」のおよそ半数はモーリタニアからの輸入で賄われています。カエディは国の南部地域であるゴルゴル地方の中心地で、隣国のセネガルと国境を接しています。街の南側を流れるセネガル川の北岸に広がる肥沃な土地があることから、国内でも数少ない農産物の生産が安定して行われています。
「カエディ地域病院」の特徴
「カエディ地域病院」は1992年に正式な利用開始となりましたが、実際の建設には長い年月を要しました。もともと、この街にあった医療施設が手狭になったことから拡張される計画が立ち上がり、建設が開始されたのが1981年です。元の施設はコンクリートの四角い建物でしたが、設計者はアフリカの自然に適した方法を取り入れることにしました。まるで小さな村のような小ぶりの建物が点在する施設で、全て地元の人々の手によって建設されました。元来のこの地域の建設方法ではありませんが、これからも地域で活用できる方法を設計者が考え出し、地元の職人を育てながら建設が進められました。建設現場近くで採取された土を使い、レンガを焼成して、それを組み上げて作られています。数種類の形のドーム型の建物をアーチ状の屋根を持つ通路が繋いでいます。通路は各所に隙間が設けられていて、自然の光と風を通すようになっています。通路に屋根がついているのは、雨を避けることが大きな目的ではなく、強い日差しを遮り、自然の涼しい空間を作ることを目的としています。乾燥したこの地域では木材がとても貴重なため、極力型枠を使わない事を目指していたので、レンガの組み上げに精密な技術を擁しましたが、それらを含めて職業訓練も兼ねて建設が進められました。手術室だけには空調設備が導入されていますが、その他の建物はレンガの厚い壁が外気の熱を遮断し、随所に開けられた細い隙間やガラスブロックから自然光を取り入れ、通気も確保していて、エネルギー消費の無い空調を達成しています。
「カエディ地域病院」のまとめ
「カエディ地域病院」の設計はイタリア人でしたが、建設は全て地元の人々が行いました。正真正銘、手作りの病院と言えます。誰でもいつかはお世話になるかもしれない医療施設を、自分たちが作り上げたことは、彼らの誇りとなっているようです。建設方法に使われたレンガは、もともとこの地域の建設方法ではありませんが、費用が掛からず、素材の入手が容易で、職人の訓練も出来たことから、これからもこの地域で活用できる工法となったようです。このようなことから、「カエディ地域病院」は正に地域に根付いた医療施設と言えるのではないでしょうか。
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