「FRAC マルセイユ」のご紹介
洋の東西や時代によって、美の価値は多種多様なものがあります。建築物にも、用途や年代によって求める美しさが変わってきています。地域が違えば異なることも多くありますが、融合させることで今までにない美を作り出せることもあります。その良い例が「FRAC マルセイユ」です。
「FRAC マルセイユ」の設計者
横浜で生まれ育った隈研吾(くま けんご)が「FRAC マルセイユ」のデザインと設計を行いました。1954年に生まれた彼は、戦後も終わりかけた時代に古い木造の家で育ちました。その為、「木と紙でできている」と言われる伝統的な普通の日本家屋の良さをよく知っています。彼の作品には木を使った建物が多く、他には和紙や竹を素材として使っている作品もあります。このような日本家屋の良さを現代建築に取り入れた作風が、「和の大家」と呼ばれる所以ではないでしょうか。自然素材を使うようになったきっかけは、高知県にある昭和の初期に作られた木造の芝居小屋を移転、修復することでした。その後に、兵庫や東北での大きな地震災害を目の当たりにして、人工物での強引な建築に疑問を抱くようになったそうです。このような思いから彼は、木材など自然の素材を重視するようになりました。日本建築の良いところを世界に発信するために様々な国の建築物を手掛けています。現在の「国立競技場」や、話題の多い「高輪ゲートウェイ駅」など、たくさんの人が注目するような建造物を数多く手掛けてきた彼は、2019年にアメリカの有名雑誌「タイム誌」による「世界で最も影響力のある100人」に唯一の建築家として選ばれています。
「FRAC マルセイユ」の所在地
「FRAC マルセイユ」は、フランス共和国の南部、地中海を望む都市マルセイユに建っています。フランス第二の都市で、南フランスの経済中心地でもあります。良い港に恵まれ、古くから交易で栄えて来た街で、現在は地中海沿岸で最大の港湾施設を備えています。貿易とそれに伴う商業が盛んに行われ、原料の輸入から製品の輸出が円滑なので、各種工業も発達して経済を支えています。軽工業の主な産物に、この地で古くから有名な「石鹸」があります。中世の頃から高級石鹸の生産地として名を上げていました。粗悪品を排除するために発せられた王令によって厳しい品質管理が行われ、オリーブ油を原料とした上品質の物だけが「マルセイユ石鹸」を名乗ることができました。現在も多くの企業が「マルセイユ石鹸」の生産を行い、世界中に送り出しています。
「FRAC マルセイユ」の特徴
「FRAC マルセイユ」を一言で表すと、市松模様のような外観の建物で、見る角度によっては千鳥格子のようにも見えます。一見すると、白い四角いものが建物全体を覆っているようで、陰になった部分と合わせて白と黒のチェス盤を縦にしたイメージもあります。白い部分は「エナメルガラス」が使われ、全てのガラスが少しずつ角度を変えて互い違いになるように設置してあります。これは地中海の強い日差しを遮るために考案されたもので、時間によって高度や角度の変わる太陽の日差しを、角度をわずかずつ変えることで稼働しなくても和らげる効果があります。二つの通りに挟まれた三角の敷地に建っていますが、狭いほうの通りの面はガラスのファサード(外観)がずっと伸びていて、それだけで見応えのある芸術品の様です。敷地が特殊な形をしていて、あまり広くはなかったので、建物そのものも平面図で見ると変形の三角形を基本としています。加えて、閉鎖的な建物にはしたくなかった設計者の思いもあって、白いガラスを建物に被せるように設置してあります。ランダムに見える白いガラスの板があるために、透き通るような雰囲気と開放感を建物全体に与えています。このガラスは再生ガラスが使用されていて、設計者自らがマルセイユの工房で見つけてきたものを利用しています。3階にはテラスが設置されて、街並みを見下ろしながら休憩や創作活動に勤しむことができるようになっています。
「FRAC マルセイユ」のまとめ
「FRAC(フラック)」はフランスの芸術家を支援する組織で、「FRAC マルセイユ」は、その拠点として利用されています。作品を展示する美術館の役割もあり、その他、制作のためのスペースや会合、パーティなども開くことができる多目的空間も備えています。「FRAC マルセイユ」は、若い芸術家達を育てる為の建物として、その役割を十分に果たしていると言えるのではないでしょうか。
余談ですが、エナメルガラスは、中世ヨーロッパでガラス食器などに絵付けをする時に使われた手法で、ガラスの粉に顔料を混ぜ、グラスなどに絵を書き、再び加熱して定着させます。特にフランスで作られた物が繊細で美しく、高い評価を受けています。
コメントを残す