バイオディバーサム(Biodiversum)

「バイオディバーサム(生物多様性保護センター)」のご紹介

 

太古より人はより良い社会生活を送るために自然を破壊してしまうことが度々ありました。資源を採りつくした場所は放置されますが、自然が自力で再生する所もあります。ヨーロッパの中央を流れている川では、砂や砂利を採石するために河原や川底を浚渫しました。それらの資材が底をついた後には、以前とは違った自然の姿がありました。湿地帯になったその場所は、水辺を好む鳥たちにとって居心地の良い場所になりました。貴重な鳥たちの住処を観察するために建設された「バイオディバーサム」は、周囲に違和感を与えない外観の建物です。

「バイオディバーサム」の設計者

 

「バイオディバーサム」の設計を担ったのはルクセンブルクの建築家、フランソワ・ヴァレンティニー(フランソワ・ジャン・ヴィクトール・ヴァレンティニー)です。彼は、1953年にルクセンブルクの南東にある小さな村の大工の息子として生まれました。12歳の時に隣国のベルギーにある寄宿学校へ入学して、木工を学び、帰国後に父親の手伝いをしながら大工の仕事を覚えました。その後、フランスとオーストリアの大学で建築を学びました。学業を終えた1980年に大学の同級生と共にヘルマン&ヴァレティニー建築事務所をルクセンブルクとウィーンに開設して、建築家として活動を始めました。大学を優秀な成績で終えたことから、開設間もない若い建築事務所でありながら、当初から公的機関の大きな企画が依頼されました。数年後には、建築家として活躍することと同時に、ヨーロッパの複数の大学で客員講師などの役職で教鞭を執っています。近年ではドイツの大学で教授を務め、建築博物館の諮問委員や建築雑誌の編集も行っていて、広い範囲で活躍しています。2014年には芸術や建築の振興のために、故郷の村に財団を設立しました。40年以上の歴史を誇る彼の建築事務所の作品の模型や、デザインのための素描など多くの展示品を納めた常設展示室と、地元や国の内外の芸術家が作品を披露するためのギャラリーを備えています。

「バイオディバーサム」の所在地

 

「バイオディバーサム」は、西ヨーロッパの内陸にあるルクセンブルク大公国の自然保護区に建設されました。この国はヨーロッパの中で2番目に小さい国で、国土は、神奈川県よりわずかに広いくらいです。しかし、地理的にヨーロッパの中心部に近いため、各地を結ぶ交通網が整備されていて、非常に発達しています。地形は高い山はありませんが、小高い丘や低い山々があり、複数の河川が流れています。河川の1つモーゼル川は、3つの国を流れる全長が500kmある川で、東隣のドイツとの国境も兼ねています。この川がフランスへと流入する所に近い場所では、古来より砂利や砂の採取が行われていました。20世紀に入って大々的に採取が行われるようになってから、資源の枯渇に至るまであまり時間はかかりませんでした。採石場が閉鎖され、残されたその場所には川からの水が流入して、湿地帯となっていました。次第にその場所は水辺を好む鳥類や両生類、様々な昆虫などが生息するようになりました。20世紀が終わりに差し掛かった1998年にその湿地帯は「ハフ・ライメック」と言う名称の自然保護区に指定されました。多種にわたる鳥類が営巣したり、越冬地として渡ってきたりしていて、生物の多様性を護るためにヨーロッパで制定されているナチュラ2000に指定されています。また、水鳥の生息域を護るために国際会議で決められたラムサール条約にも登録されています。

 

「バイオディバーサム」の特徴

 

「バイオディバーサム」は、建設地の古代の建築物を参考にして建設された建物で、2016年に完成しました。小型の船をひっくり返したような外観をしていて、2面が緩やかに膨らんだ三角柱を寝かした形になっています。細長い建物なので、小ぶりに見えますが、全長が60mで、水辺に面した側に向かって幅が広くなり、高さも高くなっています。正面入り口は13.5mで、高さが8mあり、反対側は幅が17mで、高さは15mになっています。水辺の方は床から天井までの広いガラス窓になっていて、湿地帯の風景が一望できるようになっています。床面は3階分ありますが、中央部は吹き抜けのような広い空間が設けられています。土台と建物を支える大きな柱はコンクリートで作られていて、他の部分は全て木材が使用されました。梁と柱は集成材が使われ、内外の壁は板を1枚づつ職人が手作業で組み合わせて取り付けました。カナダ産の良質な針葉樹の木材で、赤味があり、温もりを感じる素材です。外壁には、15個所に三角形の窓が突き出るように取り付けられていて、館内に日中の明かりを提供しています。建設地は、約30年前に埋め立てられた半島のようになっている所です。湿地帯であることから、建物の重みで地盤が沈み込むことは初めから分かっていました。その為、建設の計画が決まった時に、建物の重さの3倍の荷重を建設地にかけることが行われました。1年間で地盤が10cm以上下がり、その後の地盤沈下の速度と量が抑えられました。

「バイオディバーサム」のまとめ

 

数千年前に建設された「ロングハウス」と呼ばれた建造物の痕跡がヨーロッパの各地に見つかっています。新石器時代に1つの大きな木造の建物を作り、生活の場と倉庫として使われていたようです。その時代以降も、この地域では木造の家屋が伝統として建設されてきました。「バイオディバーサム」はその長い歴史を持つ建築物を参考にして建設され、職人の手によって仕上げられた、伝統を繋いでいると言える建物ではないでしょうか。

 

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