「バスク保険局本部」のご紹介
都市には多種多様な建物が建設されています。それぞれの依頼主が無秩序に建設すれば、街の機能や安全、景観が台無しになることが多々あります。その為、自治体では建築基準を設けているところがたくさんあります。ヨーロッパの歴史ある街に建設された公的機関の建物は、厳しい建築基準を満たしたうえで、素晴らしい風景を街に加えました。「バスク保険局本部」はガラスを纏った建物です。
「バスク保険局本部」の設計者
「バスク保険局本部」を手掛けたのは、地元の建築事務所「コル・バリュー・アルキテクトス」です。この会社は2001年にフアン・コル・バリューとダニエル・グティエレス・ザルザの2人のスペイン人建築家によって開設され、ビルバオとマドリッドにオフィスを構えています。フアン・コル・バリューは1968年にスペイン北東部に位置するウエスカと言う街で生まれ、スペインとアメリカの大学で建築を学びました。彼は、マドリッド工科大学で教授を務め、他の大学でも建築を学ぶ学生に講義を行っています。ダニエル・グティエレス・ザルザは、スペイン北部の都市、サン・セバスティアンで1972年に生まれ、スペインのナバラ大学で建築を学びました。事務所を開設した当初から、様々な若手建築家に授けられる賞を獲得しています。また、世界的にも有名な賞にもノミネートされたこともあります。彼らの事務所が手掛けるのは、公共の施設が多く、ガラスを多用したシンプルでスタイリッシュな建物が生み出されています。加えて、ガラスを使うことが見た目だけでなく、環境に配慮した建物に通ずることも考えています。ガラスの特徴を捉え、その特性を最大限に引き出すデザインは様々な方面から賞賛を浴びています。
「バスク保険局本部」の所在地
「バスク保険局本部」はスペイン王国の北部、北大西洋の一部であるビスケー湾に面したバスク州の州都、ビルバオに建設されています。バスク地方では街の名前をビルボと呼んでいて、この地方ではビルボが正式な名称と言われています。街の中央部にはネルビオン川が流れていて、街の境界に沿うもう一つの川と合流してビスケー湾に注いでいます。ネルビオン川には17の橋が架けられていますが、14世紀に架けられた石造りの橋が長い間唯一の橋でした。19世紀の終わりには運搬橋と言うゴンドラに人や車両を乗せて川を渡る橋が建設され、近年ではスペインの著名な建築家の手によるとても美しい橋が架けられました。世界最古の運搬橋であるビスカヤ橋は2006年に世界文化遺産に登録されています。ビスケー湾までおよそ10kmと近く、川の幅も河口付近で広かったことで、水運を利用した交易の拠点として中世初期には街が建設されていました。近代までは貿易によって繁栄してきましたが、それまでの造船業や鉄鋼業が衰退し、川の汚染や氾濫などもあって、街の経済は大きく方向転換することになりました。現在は、自然環境を取り戻す活動が実を結び観光に力を居れています。また、20世紀末に完成した有名な美術館もあり芸術都市としても力を注いでいます。
「バスク保険局本部」の特徴
2008年に完成した「バスク保険局本部」は、普通の建物が透明度の高い外殻を持っていて、氷漬けになっているような建築物です。この建物が建設されている場所は街の中でも重要な位置にあり、厳しい建築基準が課せられています。長い歴史を持つ街並みの景観を壊すような建物を作ることは出来ません。街並みに沿って似通った建物を作らなければならなかった設計者は、建物そのものは近隣の建築物に似た物を設計しました。そのうえで建物を覆うようにガラスの壁を取り付けました。不規則な多角形のガラスを鋼鉄の骨組みに取り付ける方法が取られています。建物との間に空間が出来上がって、光の流入と空気の流れを作り、空調や照明に掛かるエネルギーの消費を抑えることも出来ました。また、交通量の多い交差点に位置することから騒音が大きい問題がありましたが、ガラスの壁が遮音性を高めています。加えて、火災にも強い構造にもなっています。ガラスの壁は三角や四角形など様々な多角形をしていて、取り付けられている角度も多様になっています。その為に巨大な氷の塊のようにも見えています。ガラスは周囲の風景を反射して、季節や時間、天候によって取り取りの景色を街に加えていて、近隣の建物のガラスに移りこんだ姿が新しい景観を作り出しています。
「バスク保険局本部」のまとめ
自治体には住民が安心して暮らせるように様々な役割があります。その中の一つに、健康や衛生面などに特化した部署があります。バスク保険局は、1984年に設立されたスペインのバスク地方の総合的な公衆衛生を担当する公的機関です。設立された頃には、医療や保険など細かな部署が様々な場所に散らばっていました。「バスク保険局本部」はそれらをまとめて、住民がわかりやすく、速やかにサービスを受けられるように建設されました。建設の為に用意された敷地は市内中心部に唯一残っていた場所で、自由に建物を作ることはできませんでした。しかし、完成した「バスク保険局本部」は、規則を守ったうえでも近代的な建物となって、街の印象を格段に上げることも出来たと言えるのではないでしょうか。
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