「アル シャヒード記念碑」のご紹介
人間の歴史の中では、現代に至るまでいつの時代でも争いごとが途絶えることはありませんでした。それぞれの信念に於いて、お互いに理解し合えない事や、単に勢力を広げたい為など、争いの突端は様々です。そのような争いが起こるたびに1番損害を被るのはどんな時代でも一般の人々です。中東の国に建設された戦争で亡くなった兵士を悼む記念碑は、建設された街の歴史と文化を表している建造物です。「アル シャヒード記念碑」は、静謐な印象を与える青い色をしています。
「アル シャヒード記念碑」の設計者
「アル シャヒード記念碑」を手掛けたのはイラクの芸術家、イスマイル・ファタハ・アル・トゥルクです。彼は1934年にイラク南部の都市、バスラで生を受けました。首都のバグダッドにある美術大学で絵画と彫刻を学び、卒業後に国の機関からの推薦を受けてイタリアに渡りました。ローマの美術アカデミーで更に美術を学び、その間には陶芸も学んでいました。バグダッドは非常に古い街で、古代文明の時代からの芸術作品や意匠を凝らした建築物が残されています。そのような文化をこの国の人々の根幹と考え、それを未来に繋げるための一役になる「バグダッド現代美術グループ」のでした。彼は、長い歴史の中で育まれたイラクの独自性を持つ文化と、現代芸術を融合させた作品を作り出しています。バグダッドを中心に記念碑や公共の作品を手掛け、イタリアと中東の国で個展を開いています。また、バグダッドの美術大学で40年に渡り彫刻と陶芸を教えていて、20世紀後半に活動を始めたイラクの芸術家の多くは、彼の教え子達です。21世紀に入り、アラブ首長国連邦での仕事のために移住をしていましたが、病に倒れ、その地で治療を受けていました。しかし、人生の最後は自分の大元である国で過ごしたいと希望して、2004年にバグダッドに戻り、70歳で世を去っています。
「アル シャヒード記念碑」の所在地
「アル シャヒード記念碑」はアラビア半島の北東に位置するイラク共和国の首都に造られました。イラクは、日本より少し広い面積の国土を領有していますが、クウェートとイランに挟まれた、わずか幅15kmペルシャ湾に面しているだけで、ほとんど内陸の国です。国の西側は乾燥地帯になっていて、西端はシリア砂漠に含まれています。国の経済は世界第5位の埋蔵量を誇る石油産業が大部分を担い、次いで農産物の輸出が外貨獲得の手段となっています。首都のバグダッドは国のほぼ中央に位置しています。地名のバグダッドには諸説ありますが、およそ5,000年前に栄えた王朝の言語から付けられたと言う説があります。メソポタミア文明を育んだ2つの大河のうちチグリス川の両岸に街が広がっていますが、太古よりこの地では市が開かれていました。都市として記録が残るのは8世紀の頃です。その当時に円形の城壁が建設され、その中に街が作られました。もう1つの大河であるユーフラテス川とチグリス川が1番接近する場所に近い事から、交易の拠点となって栄えてきましたが、そのような要因から幾度も戦火に見舞われ、円形の城壁もなくなってしまいました。しかし、戦火や風化に耐えたいくつかの建物が現存していて、ユネスコ世界遺産の暫定リストに載せられています。
「アル シャヒード記念碑」の特徴
「アル シャヒード記念碑」は、表向きの理由である戦争がまだ終結していない1983年に建設されました。チグリス川の東側にあるアル・ルサファ地区の広い公園内に人工湖が造られ、その中に直径が190mの円形をした土台が作られました。その上に、蓮の花のつぼみのような形を半分に割って、わずかに重なり合うように設置した構造物が乗せられています。最高地点が40mで、お互いが面している方がくぼんでいます。美しい緑がかった青い色をしていて、遠くからでもその姿を見ることができます。2つの上部が尖っている半円ドームは重なり合った部分がわずかなため、見る位置によっては1つのドームに見えたり、2つの割れたドームのようでもありと、様々な形に見えます。この構造物は鉄骨とコンクリートで造られ、外壁を10cm角と10cm×20cmの光沢のあるタイルで装飾されています。鉄骨は、腐食を防ぐために亜鉛でメッキされたものが使われています。コンクリートは、強度を上げるために繊維を練りこんだものが使われ、あらかじめ工場で部品として作られ、ターコイズブルーのセラミックタイルを貼り付けた状態で作られています。それを建設現場で骨組みに沿って組み立てていきました。向かい合ったドームの中心には、ねじれた形の国旗のモニュメントが置かれていて、その真ん中は筒状の空洞になっています。その空洞から、地下に作られた博物館に陽が差し込むようになっています。この国旗は、博物館側から見ると空中に浮いているようにも見えるように作られています。
「アル シャヒード記念碑」のまとめ
「アル シャヒード記念碑」の設計者はこの記念碑をデザインするにあたって、大変古い歴史を持つこの街と、そこに住む人々の原点と個性を表した形と色を使うことにしました。元々はイラン・イラク戦争で亡くなった兵士を悼むために建設されましたが、現在では全ての時代で権力者の争いの中で亡くなった人々を追悼し、平和を願う記念碑となっています。
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