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「ミゲル・アンヘル・アストゥリアス文化センター」のご紹介
一言で芸術と言っても多彩な分野があります。その中で人が表現する領域は芸能とも呼ばれ、様々な場所で観たり聞いたりすることができます。中米の国に建設された国立の劇場は、この地域で栄えていた文明と、大自然の驚異とも言える山、自然の中で生きる王者的存在の動物に敬意を表した形の建物です。その国の文化に貢献した人物の名を冠した建物が「ミゲル・アンヘル・アストゥリアス文化センター」です。
「ミゲル・アンヘル・アストゥリアス文化センター」の設計者
「ミゲル・アンヘル・アストゥリアス文化センター」は中米のグアテマラを代表する芸術家であり、建築家だったエフライン・レシノス(エフライン・エンリケ・レシノス・バレンズエラ)です。1928年にグアテマラ南西の都市、テツァルテナンゴで少し変わった考えを持つ父親の元に生まれました。芸術家の父親は、息子が他の子どもから悪影響を受けると考え、幼少期には学校へ通わせませんでした。代わりに、自ら読み書きを教えていたようです。幼いころから芸術の才能があったようで、小さいころから絵を描くことが好きで、10歳になる前には家族と共に楽器の演奏を楽しめるまでになりました。10代前半で学校に通うようになりましたが、彼には多くの分野で才能があり、その後に通った芸術の学校では年齢が低かったにも関わらず良い成績を納めたことで、居心地の悪い思いをしていたようです。トライアスロンやバスケットなどの様々なスポーツでも活躍して、優秀な記録を打ち立てた事がありました。国で1番長い歴史を持つ大学で建築を学び、首席で卒業しました。彼の名が世に知れるようになったのは、建物に施した壁画からでした。最初は小さな作品でしたが、次第に公共の大規模な場所に設置する壁画の依頼を受けるようになり、現在もいくつかの作品が残されています。建築に関しては、アメリカの近代建築の巨匠と謳われる建築家の影響を受けていると言われていました。2011年に83歳でこの世を去った彼は、国の情勢に翻弄された時期もありましたが、晩年には国で最高の勲章を授かっています。
「ミゲル・アンヘル・アストゥリアス文化センター」の所在地
「ミゲル・アンヘル・アストゥリアス文化センター」はグアテマラ共和国の首都、グアテマラシティに建っています。この街の正式名称はラ・ヌエバ・グアテマラ・デ・ラ・アスンシオン(日本語訳で、聖母被昇天の新グアテマラ)と言います。中央アメリカで最大の都市ですが、現在の場所に落ち着くまでに何度か首都の位置が変わっています。この地域には古代マヤの都市がありました。そして、16世紀にスペインの植民地だった頃には小さな町でしたが、その時、国の首都と定めた場所には火山があり、その影響で地震も多発し、2度も遷都していました。18世紀の半ば過ぎに大きな地震が当時の首都を襲い、甚大な被害を被りました。その結果、現在の場所に再び遷都が行われ、現在に至ります。この街は、国の南部に位置する高原地帯にあり、北回帰線が通る場所ですが、標高が1,500m以上あることから、夏でも極度の高温にはなりません。四季はありませんが雨季と乾季に分かれ、気温は1年を通して大きな変化はありません。この国には多くの火山があり、首都の南西約40kmの所には国で最大のフエゴ火山が現在も噴煙を上げています。
「ミゲル・アンヘル・アストゥリアス文化センター」の特徴
「ミゲル・アンヘル・アストゥリアス文化センター」は街の中心部にあり、地元の人々からは単に「テアトロ ナシオナル(国立劇場)」と呼ばれています。完成は1978年ですが、様々な政治的要因から何度も中断されて長い年月を要して建設されました。元々は軍用地で、要塞や刑務所のあった場所だった事から「武器を文化に変える」を理念としています。建物の形状は古代マヤの独特の形をしたピラミッドや、近くにそびえるフエゴ火山を意識していて、横から見た形は中央アメリカから南アメリカに生息する、美しい模様のあるネコ科の王者、ジャガーが伏せたような印象を持たせています。また、建物の色合いはグアテマラの国旗と同じ青と白い色で構成されています。コンクリートの白い建物に色々な色調の青いタイルで装飾された壁があって、設計者の作品の中でも有名な壁画と通じる部分があります。建物の細部には古代マヤの遺跡に触発されたような、特徴的な展望窓や中二階が作られています。モダニズム建築と言われていますが、どこかブルータリズムを思い起こさせる部分もあって、一言では形容しがたい建物です。直線的な部分はマヤのピラミッド、優美なカーブした外壁はジャガーの後足のようでもあります。いくつかのホールと付属の野外円形劇場がありますが、それぞれ国を代表する芸術家の名前が付けられています。その中でも中心的な大ホールには、設計者の名前が付けられています。また、設計者の作品を展示したギャラリーも併設されています。
「ミゲル・アンヘル・アストゥリアス文化センター」のまとめ
ミゲル・アンヘル・アストゥリアスは、ノーベル文学賞を受賞した作家であり、外交官でもあった人物で、人生のほとんどを外国で過ごしましたが、グアテマラの文化を世界に発信することに尽力していました。「国立劇場」の建設は当初、違う建築家依頼されていましたが、政治情勢とその人物が亡くなったことによって基礎工事しか行えませんでした。始めの建設計画から15年以上かけて建設された「ミゲル・アンヘル・アストゥリアス文化センター」は、国家文化遺産に指定され、グアテマラの特筆すべき建築物と言われています。
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