モナコ海洋博物館(oceanographic museum of monaco)

「モナコ海洋博物館」のご紹介

 

現代では建築物を作る為に重機を使うことは当然となっています。しかし、重機の歴史は浅く、基本的な機械が発明されてからやっと100年が過ぎたくらいです。そのような機械が使えない頃でも大きな建物が建設されていました。完成から100年以上が過ぎた建物の中には、驚くような場所に建てられているものもあります。美しい海を見下ろす崖の上に建っているのが「モナコ海洋博物館」です。

「モナコ海洋博物館」の設計者

 

「モナコ海洋博物館」の設計を任されたのは、フランス人建築家のポール・デルフォートリーです。彼は、フランス北部のベルギーと国境を接しているトゥールコアンと言う街で1843年に生まれました。父親も建築家で、親子で建築事務所を運営していました。フランス北部にあるソンム県が主な活動域で、ゴシック様式の教会を数多く手掛けています。彼らは、パリに建つノートルダム大聖堂の修復を手掛けた建築家に影響を受け、建物の目的が外観に現れるデザインの機能主義的な建築物を作り出していました。19世紀末にフランス北部の建築家協会に親子で入会し、5年後にはポール・デルフォートリーが会長を務めています。彼は、ソンム県の東隣にあるエーヌ県にある城の修復を手掛けたことから、モナコ君主の家系から正式な建築家に任命されました。その事から「モナコ海洋博物館」を手掛けることになりました。1910年に67歳と言う比較的若い年齢で、ソンム県の県都であるアミアンで彼は世を去っていますが、その直前にフランスでも最高位の勲章を授かり、騎士の称号を受けています。また、モナコでも最高位の勲章が授与されています。ソンム県の公立文書館には、デルフォートリー親子が描いた数多くの設計図が保管されています。

 

「モナコ海洋博物館」の所在地

 

「モナコ海洋博物館」はモナコ公国のモナコ=ヴィル地区の崖の上に建っています。モナコは世界で2番目に小さな国で、面積は皇居の外苑を含んだ広さくらいです。地中海に面していて、陸側はフランスに囲まれています。フランスの南東部に位置していて、フランスとイタリアの国境に近い場所です。国土の狭さに対して人口が多く、人口密度は高くなっています。国内総生産は人口の割に高く、それに比例して物価も高くなっています。主な産業は観光です。19世紀からカジノが主な観光資源となっていて、1時期は国の収入のほとんどがカジノの収益でした。また、第二次世界大戦直前から始まった、市街地を走るモナコグランプリが開催されています。世界3大グランプリと称されるレースで、モンテカルロ地区の公道を使って行われる世界選手権で、多くのファンを魅了しています。他にも産業としては各種の製造業があります。特に医薬品や化粧品などの化学系の製造が多く、次に電子、電気機器の製造が行われていて、公害の少ない工場が稼働しています。この国は、課税の低いタックス・ヘイブンが行われていて、国民からは所得税を徴収していません。そのことから、近年では外国の富裕層が移住しています。モナコ=ヴィル地区は、この国の中心的な地区で、行政機関のほとんどがあります。国で最古の地区の1つで海に面していて、「モナコの岩」とも呼ばれています。

「モナコ海洋博物館」の特徴

 

「モナコ海洋博物館」は、海洋学を修め、航海士でもあった当時のモナコの君主だった人物が提言して1910年に開館した施設で、20世紀初頭の最新の技術を使って建設されました。地中海を見下ろす崖と融合したような建物で、1番高い場所は海面から約85mの高さがあります。建設用地の隣にある植物園と公園に調和する建物であることが条件として課せられ、中世の教会建築に見られるゴシック様式に倣った、設計者が得意とするネオ・ゴシックと呼ばれるデザインの建物になりました。堂々とした外観で、外壁の1部には当時活躍していた20隻の海洋調査船の名前が刻まれています。床にはタイルで海洋生物などが描かれていて、柱や壁には海洋生物の浮彫や彫刻が施されています。横幅が100mの大規模な建物は石造りで、モナコに隣接するフランスの町で採石される白い石灰岩が使われています。10トンの石灰岩と共に使用されたのは、イタリア北部で採石される白い大理石で、円柱や階段などに使われています。地元住民から単に「岩」と呼ばれているこの地域に相応しく、建物の下部は崖の岩と同化しているように見えます。建設を指示した君主が海洋調査の過程で集めた様々な資料や標本と共に、水族館も作られました。当時はコンクリートで囲われた水槽で、魚類や、小さな無脊椎生物が飼育されていました。

「モナコ海洋博物館」のまとめ

 

地中海の崖の上に建つ「モナコ海洋博物館」は、まるで崖の岩が途中から建物に変化したような印象があります。いくつもの逸話のある博物館で、20世紀の半ばの約30年間は、フランスの海洋学者でスキューバ機器の発明者だったジャック=イヴ・クストーが館長を務めていました。また、重大なアレルギー症状のアナフィラキシーの現象を解明に導いた観察も行われました。海の神殿と呼ばれる「モナコ海洋博物館」は、大規模な改修工事が行われ、2010年に開館100年を迎えました。

 

 

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