飯田市美術博物館

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「飯田市美術博物館」のご紹介

 

子供の頃の情景がふとした時に蘇ることがあります。そのきっかけは、風景だったり、音だったり、匂いだったりと人の五感が覚えている事柄からではないでしょうか。日本の屋根と言われる山々の麓の街に建設された施設は、設計者の子供の頃に見ていた風景が映し出された外観をしています。「飯田市美術博物館」は日本アルプスの山々を抽象化したような形の建物です。

「飯田市美術博物館」の設計者

 

「飯田市美術博物館」を手掛けたのは、現在も日本の建築界をリードする幾人かの建築家を育てた原 広司(はら ひろし)です。彼は、1936年に神奈川県の川崎市で洋服の仕立てを生業としていた父の元に生まれました。小学校に上がって間もなくの頃、戦況が悪化する第二次世界大戦の戦火を逃れて、両親の出身地である長野県に一家で疎開しました。そのまま高等学校までを飯田市で暮らし、その後、大学へ進学するために東京へ向かいました。東京大学で建築を学び、卒業後に准教授として教鞭を執り、20世紀が終わるころには同大学の名誉教授の任につきました。大学を卒業し、大学院に在学中の学生時代に彼は、RAS設計同人を立ち上げ、建築家として活動を始め、数年後に「アトリエφ(ファイ)建築研究所」を妻と共に設立しました。彼は建築設計だけでなく、建築に関わる様々な分野の研究も行っていました。特に、「集落」については幅広く研究していて、世界各地に点在する本来の集落を調べて回っていました。現在の日本には本当の意味での集落はすでに存在しないと考えていて、それらの考察を著書に記しています。東京大学の大学院にあった「原 研究室」では、後に日本を代表するようになった複数の建築家が彼の元で建築を学んでいました。日本の建築界に1つの分野を構築した彼は、2025年に88歳で天寿を全うしています。

「飯田市美術博物館」の所在地

 

「飯田市美術博物館」は、長野県飯田市の飯田城址のそばに建設されました。飯田市は県南部の中心的な街で、隣県の愛知県との経済交流が活発で、静岡県とは県境を接しています。この街には、全国でも珍しいリンゴの木の並木道があって、街のシンボルとなっています。1947年に街の大半が焼失した大火災が起こり、その復興の印として植えられたのがリンゴの並木道の始まりです。当時、市内の中学生が提案して実行に移された並木道ですが、手入れなどの世話は今でもその中学校の生徒が行っていて、収穫した果実は給食に提供されたり、近隣の施設などに配られています。現在は、12種類のリンゴが26本育てられています。「飯田市美術博物館」の東にある飯田城址は、織田信長が日本を治めていた時に築城された平山城で、安土桃山時代が終焉を迎え江戸時代になった時には飯田藩の藩庁の役目を担っていた城でした。この城にまつわる猫の神様の物語があります。飯田市周辺は生糸を生産するための養蚕が盛んな土地で、蚕の天敵となるネズミを狩る猫を大事にしていました。猫神様を祀る神社などがこの地域には点在し、飯田城の一角に後の猫神様となった猫が生まれたとされる地があります。「い~にゃ丸」と名付けられ、この地域のゆるキャラとして街の広報活動などで活躍しています。他にも飯田城の周辺には、県の天然記念物に指定されている樹齢450年以上の「長姫の江戸彼岸(おさひめのえどひがん)」と呼ばれる桜の木があります。

「飯田市美術博物館」の特徴

 

1988年に完成し、1989年に開館した「飯田市美術博物館」は、街の東西に聳える山々を模した形をしています。鉄筋コンクリートで作られ、地下1階、地上2階建てで、プラネタリウムも併設されています。設計者が子供時代を過ごした風景を映し出し、日本の屋根であるアルプスの山々を建築で作り出すことを目標としてデザインされました。屋根は山を表し、いくつもの三角屋根が連なっています。実際の山と同じく屋根の傾斜も様々で、傾斜の緩やかな部分もあり、鋭い三角を描いている部分もあります。屋根の素材はアルミニウムと亜鉛の合金をメッキした鋼材で、耐候性と耐食性を備えています。また、色合いが白っぽく、日光を反射することから天候や一日の中の時間によって建物の印象が変わって見えます。屋根の部分には、反射光や直射光の自然光を取り入れられるところも作られていますが、収蔵品の絵画などに直射光が当たらないように考えられています。外壁には他に空に浮かぶ雲を表した装飾が施されています。館内には、たくさんの柱が連なり、ギリシャの神殿遺跡のような雰囲気もあります。数種類の太さがある白い円柱が120本使用され、柱から伸びる屋根を支えるためのトラス構造も美しさを表現しています。デザイン性を高めたことから、この柱が屋根を支えているようにも、天井から吊り下げられているようにも見えるようです。

「飯田市美術博物館」のまとめ

 

子供の頃の思い出は歳を重ねるごとに美しくなり、懐かしく思う人はたくさんいるのではないでしょうか。朝日や夕日に染まり、青空の下白く輝く山頂を見ることのできる場所に建設された「飯田市美術博物館」は、同じ時間にその風景と同じ色を見せる建築物です。「飯田市美術博物館」の設計者は、原風景を自分が学んだ方法で形に出来たと言えるのではないでしょうか。

 

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