相似象シリーズ(全3回)
第1回 建物を見る前に、大地を見る
第2回 見えない「流れ」を読む
第3回 大地と戦わない建築(本記事)
円形に囲われた空間の中心に、建物は一つもない。
あるのは、大地だけです。
太平洋に面した巨大なホテルには、海へと視線が抜ける大きな開口部があります。
二つの空間を、自然との関係から読み解いていきます。
このシリーズでは、第1回で「建物を見る前に、大地を見る」という相似象の基本を、第2回で空間を通り抜ける「流れ」と見えない地下を読む視点をたどってきました。
最終回は、その考え方を実際の空間に重ねて見ていきます。
この記事について
本記事に登場する「スカイチー」「グランドチー」「ドラゴンの通り道」「ムーンライトゲート」などの空間分析は、独自の環境観・理論に基づく概念であり、現代建築学や物理学の標準的な用語ではありません。地球磁場のように測定できる物理現象と、そこから空間の意味を読み取る考え方とを区別しながら紹介します。
1 ストーンサークル――大地を中心に置く彫刻空間
最初の舞台は、中南米の大学キャンパスに設けられた「ストーンサークル」です。

大学キャンパス内に設けられたストーンサークル。円形の大地を取り囲むように、三角形の彫刻が連続して配置されている。
建築なのか、彫刻なのか
円形の空間を取り囲むように、三角形のコンクリート彫刻が連続して配置されています。中央にあるのは建物ではなく、大地そのものです。
人が内部へ入り、その空間を体験することができるという意味では建築的でもあり、大地の上に造形物を配置したという意味では彫刻でもあります。
ここにつくられたのは、見るためだけの彫刻ではありません。人がその中に入り、大地とともに体験する「彫刻の空間」です。

上空から見たストーンサークルと、その形を示した図。この考え方では、この空間を「大地の彫刻」という視点から捉えている。
大地そのものを空間の中心に置く
一般的な建築では、建物そのものが主役になります。
しかし、このストーンサークルでは、円形に囲われた中心に大地が残されています。建築物を大地の上に置くというよりも、大地そのものを空間の中心として捉え、その周囲に人工物を配置するという構成です。
第1回で見た「建物を見る前に、大地を見る」という視点が、ここでは形そのものになっています。
天と地が出会う場所
このストーンサークルは、地表に置かれた造形だけを見ていても、その全体像は捉えられません。大地の下、地表、そして天空までを一つの空間として見ることで、別の姿が見えてきます。
ここでは、上空から大地へ向かう領域を「スカイチー」、大地側から上空へ向かう領域を「グランドチー」と捉えます。ストーンサークルは、その二つの流れが出会う場所として見ることができます。

ストーンサークルを「スカイチー」と大地側のエネルギーとの交点として捉えた概念図。「天地一体」という考え方が示されている。
ストーンサークルそのものを「天地一体」という言葉で表現しています。

ストーンサークルの大地から上方へ向かう関係を「天地一体」として表した概念図。
空から大地へ。大地から空へ。そして、その間に人間がつくった彫刻空間がある。
ストーンサークルは単独の造形物ではなく、空・大地・人間の空間をつなぐものとして捉えられています。
磁場・磁力線という視点
もう一つ重要になるのが、大地の磁場・磁力線という視点です。
地球に磁場が存在すること自体は、物理学的に確認されている現象です。地球は巨大な磁場を持ち、その方向や強さは場所によって異なり、時間とともにも変化します。

大地と地球の磁力線との関係を示した概念図。地球規模の磁場を、土地や空間を考える要素の一つとして捉えている。
この空間論では、磁場・磁力線とストーンサークルの位置や形との間に、さらに独自の空間的な関係を読み取っています。ここは、地球磁場という測定可能な物理現象と、そこから空間の意味を読み取る相似象の考え方を分けて見る必要があります。
大地を「直す」のではなく、大地を読む
まず大地を見る。地形を見る。その土地に存在すると考えられている流れを見る。そして、その上にどのような人工物を置くのかを考える。
最初から形をつくるのではなく、大地を読んだ後に空間を考えるという順序です。
これは一般的な建築設計や土木工学の方法とそのまま同じものではありません。それでも、建築や彫刻を大地から切り離された物体としてではなく、その土地の地形、地質、水、方位、空間との関係の中から考えるという視点には、相似象との共通点があります。
「傷口にむやみに触らない」
このストーンサークルからは、既存の大地や空間に対して、むやみに手を加えないという考え方も見えてきます。
この関係を「傷口にむやみに触らない」という比喩で表現しています。
自然環境に人間が介入するとき、何かを新しくつくることだけが解決ではありません。すでに存在している地形や水の流れ、土地の状態を読み、場合によっては「何もしない」「残す」という判断もあります。
大地への介入を最小限にしようとする姿勢として読むことができるでしょう。
2 ダイナミック・ムーンライトゲート――太平洋と大地を結ぶ建築
ストーンサークルでは、大地を読み、その上に彫刻空間を置く考え方を見ました。では「流線」の考え方は、もっと大きな建築空間へどのように展開できるのでしょうか。
舞台は、メキシコ・イスタパの太平洋岸です。
現在のラス・ブリサス・イスタパ、旧カミノ・レアル・イスタパ。メキシコを代表する建築家リカルド・レゴレッタによって設計され、1981年に完成した大規模なリゾートホテルです。
青い太平洋と赤い大地、険しい山の地形、強い太陽の光、そして鮮やかな色彩を持つ巨大な建築。建物だけを見るのではなく、海・大地・建築の間に生まれる「流れ」という視点から、この空間を見ていきます。

海と大地を「ムーンライトゲート」で結び、二つの空間を共生・融合させるという考え方。
太平洋と赤い大地の間に建つ
イスタパの海岸では、広大な太平洋の背後に山々が迫ります。青い海と空、乾いた赤い大地。その二つの強い自然環境の間に、巨大なホテルが置かれています。

太平洋と山の間に建つラス・ブリサス・イスタパ。建築と大地が一体となった巨大な風景をつくっている。
ここで重要になるのが、自然と建築を対立させないという考え方です。
海に対して巨大な壁を立て、山を押さえ込むのではなく、建築を地形の一部として考える。レゴレッタの建築にも、斜面や気候、植生と建築を結びつけようとする姿勢を見ることができます。
巨大な建築でありながら、自然の上に君臨するのではなく、大地の中へ入り込んでいく。
海・大地・建築を一つの空間として見る

海、ビーチ、建築、大地を一つの空間として捉え、そこに複数の「流れ」を重ねた概念的プランニング。
図には「マグネティックチー&グランドチー」「スカイチー」「ドラゴンの通り道」といった言葉が記されています。
海から山へ、大地から天空へ。そして、その間に存在する建築へ。自然と建築を切り離すのではなく、それぞれの間にどのような流れが存在するのかという視点から空間を捉えています。
建築の形そのものに流れを見る
ホテル全体を上空から見ると、建物は赤い大地の地形に沿うように、大きな弧を描いています。
この形を「ストリーム」という視点から見ると、建築は客室や施設を並べたものではなく、海と大地の間に生まれる流れを受け止める、大きな一つの形として見えてきます。

赤い大地に沿って広がるホテルの形態と、そこに生まれる流れを読み取った模型とスケッチ。
巨大な「月光門」
その考え方を象徴するのが、「ダイナミック・ムーンライトゲート」です。

「ムーンライトゲート(月光門)」と呼ばれる大きな開口部。建築の向こうに太平洋が広がる。
壁によって海を遮断するのではなく、巨大な開口部を設けることで、視線と空間を太平洋へ抜いていく。
単に壁に開けられた「穴」ではありません。海、空、光、風、そして人の視線や動きが通り抜ける「門」、つまり海と大地を結ぶ一つの流線として見ると、この空間の意味が変わってきます。
太平洋と赤い崖、戦わない空間構成
この空間をよく表しているのが、次の言葉です。
「太平洋と赤い崖、戦わない空間構成」
太平洋は巨大です。山もまた、人間の建築とは比較にならないほど大きな存在です。
その自然に建築を対抗させるのではなく、海と山の間に建築を置き、その双方との関係をつくっていく。第2回で見た「共生と融合」という考え方が、ここでは一つの建築になっています。
自然を征服する建築ではなく、自然の中に自分の場所を見つける建築です。
大地の色を建築に纏わせる
このホテルでもう一つ強く印象に残るのが、鮮やかな色彩です。
赤、ピンク、オレンジ、黄土色。一見すると非常に人工的な色ですが、周囲の乾いた山や赤い大地と並べて見ると、それらの色が自然から切り離されたものではないことが分かります。

山の大地と建築の列柱。大地の色と建築の色が重なり、独特の色彩のリズムをつくっている。
建築だけに色を塗るのではなく、大地の色を建築が纏う。色彩もまた、建築と土地を結ぶ一つの方法になります。
自然の形と、人間がつくる幾何学
一方で、この建築には直線、円、列柱、球体など、明確な幾何学的形態が繰り返し現れます。

自然の大地と、人間がつくった幾何学的な形。球体、壁、開口部が自然の風景と向き合う。
自然の山には、完全な直線や円はほとんどありません。それに対して、人間は幾何学によって建築空間をつくります。
大地の起伏と人工的な形。自然の色と人工的な色。それぞれの違いを残しながら、一つの風景をつくっています。
自然を建築に変えるのでも、建築を自然に似せるのでもない。異なるものを対峙させながら、同じ空間の中で共存させる。
色彩・光・影がつくる流れ
ホテルの内部へ入ると、赤やピンクを基調とした壁が連続し、その間から青い空や太平洋が現れます。

赤、ピンク、オレンジなどの色彩によって構成された建築空間。開口部の先には空や海が現れる。
壁、階段、列柱、開口部、光、影、そして空。人が歩くにつれて見えるものが次々と変化します。
ここでいう「流線」は、地図の上に一本の線を引くだけのものではありません。人の身体が動き、視線が動き、光と影が変わり、壁の向こうに海が現れる。
空間を体験する時間そのものが、一つの流れをつくっていきます。
一つの建物ではなく、一つの風景として

壁、列柱、海、山、植物、光と影。それぞれの空間が連続し、一つの風景をつくっている。
一つ一つの壁だけを見るのではなく、それらを連続した空間として見る。さらに、その外側にある海や山まで含めて見る。
そうすると建築は、単独で存在する「物体」ではなく、大地の中に組み込まれた一つの風景として見えてきます。

多様な色彩と幾何学によってつくられた空間。その向こうには、常にイスタパの大地と空が存在する。
3 ストーンサークルからムーンライトゲートへ
ストーンサークルでは、大地そのものを読み、その上に彫刻空間を置く考え方を見ました。
ムーンライトゲートでは、規模がさらに大きくなります。海、山、大地、建築、色彩、光、風、そして人の動き。それらを一つの空間の中でつながるものとして捉えていきます。
大地を読む。
そこにある流れを読む。
そして、その流れと戦うのではなく、建築によってつないでいく。
建築とは、大地の上に置かれた物体だけではありません。海と山の間に立ち、光と風を受け、人がその中を歩く。
そう考えると、建築もまた、自然と人間の間に生まれる一つの「流線」として見ることができます。
4 石を見ることから、大地を見ることへ
「いしらべ」では、これまで世界各地の石と建築を見てきました。
大理石、御影石、石灰岩、砂岩、トラバーチン。
石を調べていくと、その石が生まれた地質へたどり着きます。地質を調べると、山や川、海、火山、地殻変動へと話が広がっていきます。そして、その大地の上に人間が建築をつくっています。
石を見ることは、大地を見ること。
大地を見ることは、水や風を見ること。
建築を見ることは、その大地の上で人間がどのように暮らしてきたのかを見ること。
相似象、気候風土、水土、風水、そして天・地・人。これらをすべて同じ理論として扱う必要はありません。科学として測定・検証できるもの、歴史の中で形成された思想、そして独自に組み立てられた環境観。それぞれを区別しながら見ることが大切です。
その上で、そこには一つの共通した問いがあります。
人間は、大地とどのように関わりながら建築をつくるのか。
自然の形を見る。水の流れを見る。大地の成り立ちを見る。その先にある都市を見る。そして、その大地の上に建つ建築を見る。
「相似象」という言葉から始まった話は、最後には天・地・人――自然と大地と人間との関係へ戻ってくるのではないでしょうか。
相似象シリーズ(全3回)
第1回 建物を見る前に、大地を見る
第2回 見えない「流れ」を読む
第3回 大地と戦わない建築(本記事)