カウンターが滑走路になった日 ― 空港ラウンジに飛ぶ小さなジェット機

国際空港のトランジットエリア。次の便を待つ数時間は、旅のなかで最も「何者でもない時間」です。出発地はすでに背後にあり、目的地はまだ遠い。その宙ぶらりんの時間を、一杯のカクテルとともに楽しんでもらえないか――。今回の依頼主は、ある外国の国営航空会社でした。

依頼は「ただのカウンター」

計画の対象は、トランジット内にあるゲスト専用のカクテルラウンジ&バー。といっても、求められたのは空間全体ではなく、バーカウンターそのものです。

ただのカウンターか、と思われるかもしれません。しかし、テーマは「滑走路カウンター」。カウンターを滑走路へとメタモルフォーゼ(変身)させ、その上をジェット旅客機が飛ぶ――そんな設定が与えられていました。

考えてみれば、バーカウンターと滑走路はよく似ています。まっすぐに延びる一本の帯。その脇に並ぶ光の列。そして、そこに立つ人を「どこか別の場所」へ送り出すための装置であるという点でも。

滑走路カウンターのパース。奥へ延びる石のカウンターの上空をジェット旅客機が飛んでいる
カウンターの上空を旅客機が飛ぶ。奥のアーチに向かって石のカウンターが一直線に延び、右手の棚には酒瓶が光の帯となって並ぶ。

カウンターの上を巡る、終わらない飛行

仕掛けはシンプルです。カウンター上部にワイヤーチェーンを巡らせ、旅客機をグルグルと周回させる。機体はカウンターの奥、アーチの向こうへと消えていき、しばらくすると手前から再び姿を現します。

その繰り返しが、空港の風景を小さなカウンターの上につくり出します。グラスを傾けながら機体を目で追ううちに、待ち時間はいつのまにか「見送り」と「出迎え」の時間に変わっていきます。

旅客機がカウンターの天板すれすれまで降下し、着陸するように見えるパース
機体がカウンターすれすれまで降りてくる。石の天板が、そのまま夜の滑走路に見えてくる瞬間。

ちなみに、黄色の胴体に青い尾翼、赤い主翼のこの機体も、カウンターと一緒にデザインされたものです。

新型機の「初飛行」はカウンターの上で

このカウンターには、もう一つの役割があります。航空会社に新しいジェット機が導入されたとき、その宣伝としてカウンターの上で「初飛行」させるのです。

実機のお披露目は滑走路で行われますが、ゲストにとっての初飛行は、手元のグラスの向こうで行われる。ラウンジのバーカウンターが、そのまま航空会社の小さなショールームになるというわけです。

この計画をオーナーはえらく気に入り、次のプロジェクトにつながりました。

地上のHOTEL、空のHOTEL、海のHOTEL

ここで少し、こうした計画の背景にある考え方に触れておきます。

ホテル空間を手がけていると、オーナーからこんな注文を受けることがあります。「地上のHOTELをデザインできるのなら、空のHOTEL(飛行機)も、海のHOTEL(客船)もデザインできるだろう」と。

もちろん無理な話です。航空機にも客船にも、それぞれ深い専門性があります。それを差し置いて、のこのこと手を出せるものではありません。そして、オーナーもそれは当然わかっています。

では、何が試されているのか。それは、「宿泊空間」というキーワードを手がかりに、異分野の専門性をどうとらえ、どう語り、どうデザインとして表現してみせるか、という点です。飛行機も客船も、移動しながら人が時間を過ごす「動くHOTEL」と考えれば、ホテルを手がける立場ならではの切り口が見えてきます。滑走路カウンターは、その問いへの一つの答えでもありました。

飛行中と着陸時の二つのパースを並べ、下半分に鏡面の映り込みを加えたプレゼンテーション画像
飛行中と着陸の二場面を並べ、鏡面への映り込みを加えたプレゼンテーション。濡れた夜の滑走路のように、機体と光が足元に映る。

設計活動は二つある

設計という仕事には、二つの側面があります。一つは、オーナーに対する本来の設計活動。もう一つは、オーナーとのコミュニケーションを設計する活動です。

建築空間の設計に携わるからといって、アニメや漫画を描けなければならないわけではありません。けれども、他分野のデザインや知識を、たとえ初歩でも持っていれば、それはオーナーとの対話を広げる道具になります。図面や模型だけでなく、一機の飛行機の絵が、次の仕事の扉を開くこともある。

コミュニケーションを、ほかの方法で取ること。それもまた、数あるトータルな設計活動のなかの、大切な一つなのです。