
1862年、パリの香水商
ロジェ&ガレ(Roger & Gallet)は、1862年にパリで生まれた香水商である。商人アルマン・ロジェと銀行家シャルル・ガレの二人が、1806年創業のオーデコロンの店を買い取ったところから歴史が始まる。その店を開いたのは、オーデコロンの生みの親とされるファリナ一族の末裔だった。
1879年には、すみれの香りをつけた丸い石けんを世に出す。プリーツの紙で包まれたその石けんは、いまもこの家の顔である。香りを、王侯貴族のものから日々の暮らしのものへ。ロジェ&ガレは百年以上、パリの化粧文化の一角を担ってきた。
フォーブル・サントノーレ16番地
パリ8区、フォーブル・サントノーレ通り。エリゼ宮へと続くこの通りには、エルメスをはじめとする老舗が軒を連ねる。パリでもっとも格式の高い商業通りのひとつだ。
その16番地に、ロジェ&ガレの店があった。石造りの建物の足元、アーチの入口と深い庇。古い街並みに溶け込みながら、通りを行く人を静かに迎え入れるファサードである。
「この店を、東京で」
いまからおよそ50年ほど前。一件の設計依頼が届いた。依頼主は、日本でロジェ&ガレのブランドを手がけるオーナー。東京にブティックを開きたいという相談だった。
そのプレゼンテーションで示されたのが、フォーブル・サントノーレの本場の店だったらしい。パリの老舗がどんな顔で街に立っているのか。それを日本のオーナーと共有するところから、東京の店づくりは始まった。
1975年、ロジェ&ガレはサノフィ・グループの傘下に入っている。老舗が新しい時代へ踏み出そうとしていた、ちょうどその前後のことである。
ただし、目指したのはパリの店の複製ではなかった。石の街並みの中で育った店の空気を、まったく違う街である東京に、どう置き直すか。手本はパリにあっても、答えは東京でつくるしかない仕事だった。
東京のロジェ&ガレ
基本設計から内装デザインまでを、一貫して手がけた。
残された写真を見ると、店内には香水や石けんだけでなく、衣類や帽子、旅行鞄までが並んでいる。黒を基調とした空間に、幾何学模様の床。ラックに掛けられた服が、照明を受けて浮かび上がる。奥には白い壁面とカウンターが据えられ、棚に商品が一列に並ぶ。暗さの中に、白と光だけで売り場を立ち上げた空間である。
パリの店が石とアーチで通りに語りかけていたとすれば、東京の店は光と闇で客を引き込む。同じ家の名を掲げながら、街に合わせて姿を変えた一軒だった。
ブティックブーム前夜
この仕事のあと、日本にブティックブームが訪れる。海外ブランドの店が東京の街に次々と現れ、やがて1980年代のDCブランドの熱狂へとつながっていく。「ブティック」という言葉が、特別な響きから日常の言葉へと変わっていった時代だ。
ロジェ&ガレの東京ブティックは、その少し手前に生まれた一軒だった。日本のオーナーが海外の名を掲げ、パリの店を東京に「翻訳」する。そうした仕事は、やがて日本中で繰り返されることになる。その早い一例が、ここにあった。
半世紀が過ぎ、写真はすっかり色褪せた。それでも、黒い空間に浮かぶ白い壁と、フォーブル・サントノーレの石の街並みは、日本のブティックの始まりの一場面を、いまも静かに伝えている。