古いプリントは、時間とともに色が抜けていく。青緑(シアン)と黄色の色素が先に消え、赤紫(マゼンタ)が残り、やがて写真全体が紫色の膜をかぶったようになる。ここに並べる写真も、すべてその色をしている。だが褪色の向こうに写っているのは、1970年代のパリとローマで描かれ、実際に街に立ち上がった空間である。ガラスと鏡のブティック、大理石の床に光のアーチが映り込むホテルのロビー、航空会社がつくったホテルのカウンター、そして石造りの古い建物に新しい顔を与えたファサード。どれも、留学中に手がけた仕事だ。
1.浮かぶガラスの箱 ― パリのブティック
入口に立つと、まず目に入るのは宙に浮いたようなガラスのショーケースである。四方を透明なガラスで囲んだ箱が、細い脚の上に載り、上部の照明が中の小さな品々を白く浮かび上がらせる。壁も天井も暗く沈め、光をケースの中だけに集める。客は暗がりの中を、灯りから灯りへと渡り歩くことになる。

台座には鏡面仕上げの金属が使われ、床に落ちた光やガラスの輪郭をさらに映し返す。透明なものと映すもの。その重なりが、実際の広さ以上の奥行きを店内に生んでいる。

ファサードも同じ考え方で貫かれている。床まで届くガラスの面の上に、照明を仕込んだ横長のケースが一列に走り、通りからは店の奥まで見通せる。店そのものが、ひとつの大きなショーケースになっている。

2.白い折り紙と水玉 ― ローマのブティック
パリで試みた「光と映り込み」の空間は、ローマでまったく別の表情を見せる。ここでは素材の透明さよりも、形と模様そのものが空間をつくっている。

革小物の店では、天井から壁にかけて白い面が山形に折れ曲がり、折り紙のようなジグザグが奥へ奥へと続いていく。棚も同じ角度で刻まれ、鞄やトランクはその白い襞の間に置かれる。通りに面したガラス越しに、店の奥行きがリズムとして見えてくる。

もう一軒は、壁一面を水玉で覆った店である。白黒の円が床から天井まで埋め尽くし、その前に黒い縦格子が立つ。吊るされたアクセサリーや小さな箱は、模様の洪水の中で逆に輪郭を際立たせる。幾何学模様と大胆な色彩、直線と斜線の反復。そこには、商品を展示するための背景にとどまらず、店舗そのものをひとつのグラフィック作品として構成しようとする発想が見える。

3.光のアーチ ― S.HOTELとカルティエの展示
ブティックで試みた「浮かぶ箱」と「映り込み」の考え方は、より大きな空間へと広がっていく。カルティエの展示デザインでは、ガラスと光が展示品を包み込み、S.HOTELではそれが建築そのものの表情になった。

S.HOTELのロビーでは、天井そのものがアーチになった。光沢のある曲面の天井がトンネルのように連なり、照明を受けて柔らかく光る。その下には白い大理石の床が広がり、磨かれた石の面にアーチと人の姿が逆さまに映り込む。天井と床、二つの光る面にはさまれて歩く。石が「映す素材」として使われた好例である。

建築の内部に、もうひとつの建築をつくる。柱や壁で区切るのではなく、天井の曲線と床の反射によって、人が感じる空間の輪郭を変えていく。ここではインテリアは単なる室内装飾ではない。建築の内部から、新しい空間そのものを生み出す役割を担っている。
4.航空会社がつくったホテル ― メリディアンとエールフランス
ル・メリディアンは、もともとエールフランスが自社の旅客のために立ち上げたホテルチェーンである。その最初のホテルが、1970年代初めにパリで開業した。空港から到着した旅行者がそのままチェックインし、次の旅の手配もできる。ホテルのロビーは、空の旅の延長線上にあった。

ロビーの天井からは、長さの違う円筒形の照明が何百本も吊り下がる。下端だけが光る筒が高低差をつけて並び、見上げると光の森の中にいるようだ。その下には、丸みを帯びたラウンジチェアが散らばる。

レセプションカウンターは、RECEPTION、INFORMATIONS、CONCIERGEの文字が一直線に走る、横長の明快な構成である。厚いコートの旅行者が並び、足元には鞄が置かれている。写真には、開業間もないホテルのにぎわいがそのまま残っている。

そしてホテル内には、エールフランスのカウンターが置かれた。光沢のある縦の柱が弧を描いて空間を囲み、その内側に低く長いデスクが据えられる。メキシコ行きの案内板が立ち、旅の行き先がそのままホテルのロビーに開いている。航空会社がホテルをつくった時代ならではの風景である。
5.古い石の建物に、新しい顔を ― ロジェ・ガレ
ロジェ・ガレは、19世紀からパリで香水と石鹸をつくってきた老舗である。その建物は、縦に伸びる柱型と格子窓、角を丸く回り込む塔、上部の浮き彫りを備えた堂々とした石造りだった。改修で求められたのは、この古い建物を壊さず、しかし通りから見て「いまの店」に見せることだった。
答えは、アーチ窓ごとに丸い日よけ(オーニング)をかけることだった。半円のアーチに沿ってふくらむ布の庇に社名を入れ、ショーウィンドウの灯りを内側から当てる。夜になると、石のファサードの足元に、温かい色の弧が等間隔に灯る。


建物の構成には一切手を加えていない。柱も窓も浮き彫りも、すべてそのままだ。足したのは布と光だけである。それでも街角の印象はがらりと変わる。重い石の建物が、香水の店らしい軽やかさを帯びる。


石の建物は百年単位で街に残る。その上に、時代ごとの顔が掛け替えられていく。
空間をつくるということ
ガラスの箱に光を集める。白い面を折り曲げる。天井を曲面に変える。無数の照明を空中に吊るす。そして、古い石造りの建物に布と光で新しい表情を与える。扱う素材も、空間の大きさも、求められる機能も異なる。しかし、そこには共通する考え方がある。
空間をつくるとは、壁や天井を仕上げることだけではない。光の集まり方、視線の流れ、人の動き、素材の反射、そして街との関係までを考え、ひとつの世界を組み立てることである。
1970年代のパリとローマ。紫に褪せた写真の中には、半世紀を経ても色褪せない、空間デザインの発想が残されている。