スレイマン・トー博物館(Muzey Sulayman Too)

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「スレイマン・トー博物館」のご紹介

 

世界には多くの聖なる山や、霊峰と呼ばれる山があります。太古の人々は、美しい山体や、到底、踏破出来ないであろう高い山に畏怖の念を感じていたのではないでしょうか。アジアとヨーロッパの境に近い所にある街にも、中心部の近くに聳える山があり、古代の人々もその山を崇めていました。その中腹にある博物館の出入口に建設された「スレイマン・トー博物館」は、神聖な山と街を繋ぐ大きな窓になっています。

「スレイマン・トー博物館」の設計者

 

「スレイマン・トー博物館」を手掛けたのは、キルギスの建築家、クバニチベク・ナザロフ(ナザロフ・クバニチベク・クダイナザロヴィチ)です。彼は、1949年に当時はソビエト連邦を構成していた国の1つだった、キルギス・ソビエト社会主義共和国の西に位置するカラ・ジガチという小さな村で生まれました。この村は、国で2番目に大きな都市であるオシ(オシュ)を州都とするオシ州に含まれています。建築と土木工学を学んだのは、以前はフルンゼ工科大学と呼ばれていた、首都のビシュケクにある現在のキルギス国立工科大学です。大学を卒業後に国の建設機関に入り、8年間そこで建築家として務めていました。その後、オシ州の建設局に移り、支部を任されるようになりました。その頃にソ連の建築家連盟に加入し、数年後からキルギス・ソビエト社会主義共和国の建築家連盟のオシ支部長を務めています。彼は、国の機関で他の建築家や技術者と共に、公共の規模の大きい企画を手掛けています。また、オシの街に建設された住宅で、当時では街で1番高い7階建ての建物を手掛けています。他にも霊峰であるスレイマン山の麓に作られた広場や、記念碑の作成などにも関わっています。

 

「スレイマン・トー博物館」の所在地

 

「スレイマン・トー博物館」は、中央アジアに位置するキルギス共和国のオシ(オシュ)の街に聳えるスレマン山に建設されています。キルギスは、東側に天山山脈があり、南西にパミール高原が広がる山岳地帯の内陸の国です。「パミール」とは、隣国のタジキスタンとウズベキスタンで使われているタジク語で「世界の屋根」を意味しています。国土の半分以上をそれらの高山地帯が占めていて、国の9割は標高1,500m越えています。しかし、首都のビシュケクや、第2の都市オシは標高が1,000m以下の盆地や大きな渓谷に広がっています。オシの街は国の南部に位置する都市で、古くから交易の拠点として栄えてきました。ユーラシア大陸を東西につないでいた交易路のシルクロードの時代に於いても、重要な役割を果たしていました。シルクロードの時代以前からも、この地は人々が交流する場所でした。その証として、2025年に移転するまでは、同じ場所で2,000年以上も前から開かれていた市場があります。街の北側には、聖なる山と言われる標高1,000mを越える「スレイマン・トー」が聳えていますが、街の標高も高いので、街からは200~300mの高さになります。スレイマンの名は預言者の名前から採られ、18世紀頃に名付けられています。現在はイスラム教の聖地である重要な巡礼地となっていますが、古代より聖なる山として崇められてきました。この山は、文化的景観として、2009年にキルギスで初めての世界遺産に登録されました。

 

「スレイマン・トー博物館」の特徴

 

「スレイマン・トー博物館」そのものは、現在の姿を設計した建築家が生まれた1949年に、地方博物館として開館しました。洞窟の入り口として建設された部分は、1978年に当時はソ連の企画として作られました。コンクリートと地元の石材が使われ、入り口には大きな円形の壁とも言えるガラス窓が作られました。植生の少ない岩山の中ほどに、大きく張り出している円形の庇のような構造物と、その内側には庇を支える柱と、ガラス窓を仕切る桟が見えます。コンクリートの色はそのままで、周りの岩より少し白っぽく見えますが、過度な装飾を施していないため、あまり違和感はありません。新生児用の帽子のつばのような形の庇は、内部に収められている太古の遺物を守っているようにも見えます。洞窟の内側からは、巨大な円形の窓になっていて、眼下のオシの街を一望できます。入り口付近は人工的に掘削された部分もありますが、そのまま自然の洞窟へと繋がっています。照明は自然光と人工照明が使用されています。自然光を取り入れるために、いくつかの天窓も設置されています。設計者は、この山の意味を考慮して、神聖さを損なわないようなデザインを心がけています。また、特別な装飾は避けて自然と調和をとり、融合できるようにと考えられています。

「スレイマン・トー博物館」のまとめ

 

岩山に埋め込まれたように見える「スレイマン・トー博物館」は、オシの街の3,000年記を祝うために建設されました。現在の博物館内部は、ソ連崩壊から15年が経った2004年に更新されています。聖なる山の麓には人々が連綿と暮らしてきた街が広がっています。「スレイマン・トー博物館」はその歴史を紹介し、山の神聖さも示している建物と言えるのではないでしょうか。

 

 

 

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