パリ、モンマルトルの近くに、一軒の本屋がありました。
その店の外壁には本棚が設けられ、美術書が並んでいました。日本から来た一人の留学生は、そこでよく本を眺めていました。お金がなく、買うことはできません。それでも店主は何も言わず、立ち読みを黙認してくれていたといいます。
雨の日には傘をさして、本を読みました。
建物の外壁に本棚がある。誰もが通りがかりに本を手に取り、自由にページをめくることができる。
その記憶が、時を経て、ひとつの図書館計画へとつながっていきます。
今回のテーマは、「本棚を着る図書館」です。

建築の中に、もうひとつの建築として図書館を構想する。
外壁に本棚をつくる ― しかし、雨が降る
一般的な図書館では、建物に入るとレセプションやカウンターがあり、その奥には天井まで届く大きな本棚が並びます。
静かな閲覧室、整然と並ぶ書架、落ち着いた読書空間。それらは図書館建築として、長く大切にされてきたものです。
この計画も、そうした図書館を否定するものではありません。
ただ、ここから別の可能性が見えてきます。
もし、本棚そのものが建物の外観になったらどうだろう。
モンマルトルの本屋のように、建物の外側に本棚があり、通りがかった人が自由に本を手に取る。そんな図書館があってもよいのではないか。
しかし、現実には問題があります。
外壁に本を並べれば、雨に濡れ、風にさらされます。本を守ることも、落ち着いて読むことも難しくなります。
では、本棚を外壁にしながら、雨にも風にも困らない図書館をつくることはできないでしょうか。
この問いから、建築の発想が大きく転換していきます。
メタモルフォーゼ ― 建築BOXと室内建築
そこで考えられたのが、建築の役割を分けるという方法でした。
雨や風を防ぐ役割は、外側の建物に任せる。その外側の建物を「建築BOX」と呼びます。
そして、その建築BOXの内部に、もうひとつの建築として図書館をつくるのです。

その内部に本棚を外壁とする「室内建築図書館」を配置する。
外側の建築BOXは、雨や風などの自然環境から内部を守ります。
一方、その内部につくられる図書館は、屋根を持ち、柱を持ち、本棚を外壁としてまとっています。
つまり、外側の建築によって守られた空間の中では、本棚を建築の外壁として自由に構成できるのです。
建物の中に、もうひとつの建物をつくる。
これまでの図書館の構成を組み替え、新しい空間へと変化させる。そこには、メタモルフォーゼ(変容)という発想があります。
外側の建築と内側の建築が、それぞれ異なる役割を持ちながら、一体となって図書館を成立させているのです。
アベニューを歩き、図書館を見つける
建築BOXの中に入ると、そこには道があります。
この道を「アベニュー」と呼びます。
図書館の内部に、街の通りのような空間をつくるという考え方です。

アベニューを歩いていると、さまざまな図書館が見えてきます。
美術や芸術の図書館。自然科学の図書館。文学や歴史の図書館。そして、子どもたちのための図書館。
それぞれが独立した建築のような表情を持ち、本棚そのものが街並みをつくっています。
歩いていくと、ふと目に入ります。
「あ、あれが美術・芸術系の図書館だ」
目的の本を探すだけではありません。
歩くことによって、思いがけない本や新しい知識に出会う。
そんな楽しみが、この図書館には考えられています。
そして、気に入った本を見つけたら、カフェでコーヒーを飲みながらページをめくる。
モンマルトルの書店の近くにあるカフェで、好きな本を読みたい。そんなかつての体験と憧れも、この空間の物語に重なっています。
インナーウォーターガーデン ― 図書館の中に自然を迎える
この計画には、もうひとつ興味深い空間が描かれています。
それが、インナーウォーターガーデンです。

室内に水と緑の風景を取り込むインナーウォーターガーデン。
本棚が並ぶ空間に、水と緑の風景が加わります。
図書館というと、本を読むための静かな室内を思い浮かべます。しかし、この計画では、建築BOXの内部に街路のような空間を設け、さらに自然を感じる場所を組み込もうとしています。
本棚の間を歩き、水辺の風景に出会い、また別の図書館へ向かう。
図書館は、単に本を保管して読むための施設ではなく、歩き、発見し、くつろぐことのできる空間へと広がっていきます。
建築BOXの内部にありながら、そこには屋外の街や庭園を歩くような体験が生まれるのです。
図書室ではなく、「図書館」である
今回の計画を理解するうえで、重要な言葉があります。
「図書室ではなく、図書館である」
これは、単に本棚を並べた部屋をつくるのではない、という意味です。
屋根があり、柱があり、外壁がある。そして、ひとつの建築としての姿を持っている。
建築BOXの中にありながら、それぞれの図書館は独立した建築として構想されています。

図書室ではなく、ひとつの「建築」としての図書館。
大きく張り出した屋根の下に、本棚が立ち上がります。
木質の棚板と透明感のある構成材が重なり、内部の様子が外側からも感じられるように計画されています。
本棚は、単なる家具ではありません。
空間を仕切り、建築の輪郭をつくり、その図書館の表情を決める重要な要素になっています。
家具である本棚が、建築の外壁へと変わる。
ここに、この計画の最も特徴的な発想があります。
閲覧コーナー ― 本棚と屋根がつくる空間
閲覧コーナーの検討では、本棚の配置だけでなく、屋根の形状や空間の広がりについても考察が重ねられています。

屋根、柱、本棚の関係を検討する。
中央の柱を軸として大きな屋根が広がり、その両側に本棚が配置されています。
屋根の下には閲覧のための空間が生まれ、本棚の間には人が通り抜ける余地が設けられています。
本棚の高さ、屋根の傾き、柱の位置。それぞれの関係によって、空間の印象は大きく変わります。
図書館を構成する機能的な要素を、そのまま建築デザインへと発展させていく検討です。
木質の建築 ― 本棚が外観をつくる
この計画には、行政側からの重要な依頼項目として、木質系素材の普及というテーマもありました。
そこで、本棚、天井、屋根などに木の表情を生かした構成が検討されています。
しかし、木材を単に内装の仕上げとして使うだけではありません。
本棚そのものを建築の外観にすることで、木質の構成が建築全体の表情となって現れます。
本を収納するための棚が、空間をつくり、街並みをつくり、建築の姿をつくっていくのです。

木質の本棚を建築の構成要素として検討する。
切妻屋根、片流れ屋根、反り上がるような屋根など、さまざまな形状が試されています。
屋根の形が変われば、本棚の見え方も変わります。アベニューから見た建築の表情も変わってきます。
ひとつのコンセプトから、複数の建築デザインが生まれていく過程が、これらのスケッチから読み取れます。
バンブーメッシュとルーフデザイン
屋根の検討では、バンブーメッシュを用いたデザインも描かれています。

室内建築図書館のアイソメスケッチ。
細かなメッシュ状の構成を屋根に取り入れることで、木質の本棚と屋根が一体となった表情を生み出しています。
本棚は垂直方向に立ち上がり、屋根はその上に水平あるいは傾斜した面として広がります。
それぞれの要素が組み合わされることで、単なる書架の集合ではなく、ひとつの建築としてのまとまりが生まれます。
このように、平面だけでなく、立面、屋根、内部空間をさまざまな角度から検討していくことも、建築プレゼンテーションの重要な過程です。
参考プラン ― 無限に広がる図書館の可能性
今回の計画には、初期段階の参考プランも示されています。

各分野の図書館をアベニューで結ぶ構成。
自然科学系、科学工学系、美術・芸術系、文学・歴史・人文科学系、子ども図書館、生活文化系。
それぞれの図書館が建築BOXの内部に配置され、中央のライブラリーラウンジやレセプション、アベニューによって結ばれています。
中央には大きな円形の構成が描かれ、周囲には四角形や三角形の図書館エレメントが配置されています。
ただし、このプランが最終的な答えというわけではありません。
これは、何百、何千と考えられる可能性のうちの、ひとつの例です。
建築BOXの大きさや形状、図書館の配置、アベニューのつなぎ方によって、まったく異なる空間をつくることもできるでしょう。
重要なのは、ひとつの形を完成させることだけではなく、コンセプトからどれだけ多くの空間の可能性を導き出せるかということです。
建築BOXの「抜け」と「止め」
外側の建築BOXについても、ひとつの決まった形があるわけではありません。
ガラスを使って外部の風景とつなげることもできれば、コンクリートなどを使って、内部を落ち着いた空間として包み込むことも考えられます。
立地条件や周囲の環境によって、求められる建築の姿は変わります。
そこで重要になるのが、「抜け」と「止め」という考え方です。
どこに視線を通し、どこで視線を止めるのか。どこで外の自然を感じさせ、どこで内部の空間に意識を向けさせるのか。
透明な部分と不透明な部分を組み合わせながら、建築BOXと外部環境との関係を検討していきます。
そのためには、さまざまな条件を想定したシミュレーションが重要になります。
外側の建築BOXは、単に雨風を防ぐ箱ではありません。
内部の図書館を包み込みながら、周囲の環境との関係を調整する、もうひとつの建築なのです。
本棚が外観になる楽しさ
モンマルトルの本屋の外壁に並んでいた美術書。
雨の日には傘をさしながら、その本を眺めていた一人の留学生。
その記憶が、やがてひとつの建築の発想へとつながっていきます。
本棚を外壁にしたい。しかし、雨や風から本を守らなければならない。
それならば、外側に建築BOXをつくり、その中に本棚をまとった図書館を建てればよい。
さらに、その図書館をアベニューで結び、歩きながら本と出会える街のような空間にしていく。
ひとつの個人的な体験が、建築のコンセプトとなり、空間の構成へと発展していく。
この計画は、図書館の新しい姿を提案すると同時に、建築の発想がどのように生まれ、形になっていくのかを示しています。
そして最後に、こんな素朴な問いが残ります。
本棚が建築の顔になるなんて、楽しいじゃないですか。