「クルパティ保養所」のご紹介
20世紀も終わりに差し掛かった頃に建設された建物は、現在でも一見の価値を見出せる建造物です。加えて、現代では普通に考慮されるエネルギー消費を抑える方法も、半世紀前には考えられ、実行されています。地熱エネルギーを使い、見た目にも大きな印象を与えている建物が「クルパティ保養所」です。
「クルパティ保養所」の設計者
「クルパティ保養所」の設計を担当したのは、ソビエト連邦(現在のロシア連邦)の首都モスクワ出身の建築家イーゴリ・ヴァシレフスキー(イーゴリ・アレクサンドロヴィッチ・ヴァシレフスキー)です。
彼は、1935年にソ連の軍人としては最高位である元帥の位を持ち、国防大臣を務めた政治家でもあった父の元に生まれ、父の跡を継ぐ軍人の兄が1人いました。
モスクワの建築大学で、当時のソ連建築界を代表する複数の建築家に師事して建築を学び、在学中からいくつかの企画に参加していました。特に行楽地や保養地の開発が多く、卒業の論文もリゾート地の大規模な施設について執筆しました。
大学を卒業してからは、いくつかの建築事務所で働いていましたが、学生時代と変わらずリゾート地の開発などに携わり、公共の大型施設の建設にも関わっていました。その当時には、多くの先輩建築家に恵まれたと語っていて、彼が建築家として活躍するうえで幸運でしたとも話しています。様々なリゾート地の企画を手掛けていたことは、彼の建築に対する理念にも影響を与えています。
自然の環境と建造物の関係性を重要視していて、人と自然が共存できる建築を目指しています。20世紀後半のソ連における近代建築を代表する彼は、ソ連の名誉建築家の称号を授けられています。また、当時は隣国だったチェコスロバキアの国家賞も受賞しています。
「クルパティ保養所」の所在地
「クルパティ保養所」は、黒海とアゾフ海を隔てるクリミア半島の南部に位置するヤルタ地区に建設されています。クリミア自治共和国は政治的に複雑な環境にあります。世界のほとんどの国はウクライナの領土と認めていますが、実質の支配はロシアとなっています。ウクライナは1つの街と1部地域を直轄としていて、その他のクリミア半島内を自治共和国としています。クリミア半島は地球上でも珍しい自然環境のある所です。この半島は、北のウクライナにあるわずかな地形を通じてユーラシア大陸と繋がっています。ペレコープ地峡と呼ばれるその地形は、1番狭い所でわずかに5kmしかありません。その地峡の東側はアゾフ海に通じる複雑な水域になっています。腐海(ふかい)と名付けられている広い干潟で、四国の1,5倍より少し狭いくらいの面積を有しています。まるでリアス式海岸のように陸地にむかって浸食している所も多く、湿地帯や沼地が点在しています。最大深度が3mほどで、ほとんどが0.5mから1mの水深であるため、日差しの強い時期になると水が蒸発して塩分濃度が上がり、悪臭を放つようになります。そのことから腐海と呼ばれるようになりました。また、北西の1部は藻の繁殖によって水域がピンク色になる地域があります。ヤルタは古くから保養地として利用されていた地域で、ヨーロッパ最古と言われる植物園や、ロシア帝国最後の皇帝の夏の離宮などが残されています。
「クルパティ保養所」の特徴
「クルパティ保養所」は強烈な印象を与える外観をしている建造物で、1985年に完成しました。海岸沿いの山から現れているような建物で、平たく巨大な歯車を重ねたような形をしています。建設にあたってはいくつかの制限がありました。特に建設地については多くの課題がありました。当時の政府の規則により、保養地であるヤルタの海岸から100m以内に建造物を建設することが禁止されていました。その為、山肌を利用することになりましたが、勾配がきつく、以前から地震の多い地域で、マグニチュード8クラスの地震が起きたこともある地域であり、地滑りが起きたこともある場所でした。それを克服するために採用されたのが、巨大な3本の円柱に円盤を乗せるデザインでした。円柱は実際は多角形の柱で、直径が9mあり、コンクリートで作られています。円形の構造物が客室として建設されていて、大きな円形の2層とその上に小さい円形が3つ乗せられています。大きい円の最大直径は76mあり、全ての部屋から同じように黒海が眺められるように窓が作られていて、その形が歯車のように見えます。円の中央には、吊り下げられたような形の屋内の中庭が作られています。このアトリウムはガラス張りになっているため、日中はとても明るい空間になっています。山の上部に幹線道路が走っていて、建物には道から入れるように通路が作られています。海岸までの最高値は56mありますが、下からこの建物に入る方法はありません。この建物は3本の柱だけでなく、床や壁、天井も含めた全てで支えられています。
「クルパティ保養所」のまとめ
「クルパティ保養所」は空飛ぶ円盤とかタイムマシンなどの別名がありますが、現地では「ドルジバ(友情)」とも呼ばれています。1972年にソ連の作家が執筆した、「ソラリスの陽のもとに」というタイトルの小説を映画化した時に出てくる宇宙船に似ていると言われていて、設計者もそれを認識していたようです。自然と調和がとれる建物を目指していた設計者は、海岸の自然と景色を損なわないようにと考えた建物が、不思議な印象を持つ「クルパティ保養所」です。
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