大地の天の川 ―― 地上の願いを、天空へ返す

日本庭園に面したホテルラウンジの天井に、天の川のような曲線を描くインフィーロ

ホテルラウンジの天井に構想された、天の川のような曲線を描くインフィーロ

中部地方のあるシティホテル。そのラウンジを舞台に、日本庭園と室内空間を一体化させるデザインが構想された。室内とガーデンを、どうつなぐか。それがこの空間の出発点だった。

小川は、床ではなく天空へ

最初に描かれた物語は、室内に小川を引き込むことだった。ガーデンから続く水の流れがラウンジを横切り、ゲストはそのせせらぎを足もとに感じながら過ごす。しかし、機能面から見て実現性は低い。そこで発想が反転する。大地のせせらぎを、天空へ持ち上げてしまえばいい。

天井から幾重にも垂れるインフィーロによって、柔らかくやさしい曲線を描きながら、ガーデンへと注ぎ込む流れが構想された。床を流れるはずだった小川は、星の流れとなって頭上に現れた。ラウンジとガーデンが出会う場所――それが「天の川」である。

水のない川という、日本の伝統

水を使わずに、水を感じさせる。じつはこれは、日本庭園が何百年も磨いてきた手法でもある。枯山水の庭では、白砂に描かれた筋目が川の流れとなり、据えられた石が島や滝になる。そこに水は一滴もない。それでも見る人の心には、確かに水が流れはじめる。「見立て」と呼ばれる、日本独特の美意識だ。

このラウンジの天の川にも、枯山水の見立てに通じる発想を感じることができる。床に水を引けないのなら、天井に川を描けばいい。本物の水ではないからこそ、ゲストは自分の心の中で、それぞれの流れを思い描くことができる。ガラスの向こうの日本庭園と、頭上の天の川。庭園の自然と室内に描かれた水の流れが、ここで静かに呼応している。

なぜ「大地の」天の川なのか

七夕の天の川は、遠い天空で年に一度だけ出会いを許す川だ。織姫と彦星は、その川に隔てられ、一年にたった一夜だけ橋を渡って会うことができる。天の川とは、出会いの川であると同時に、ふたりを引き離す川でもあった。

けれどこの名前の奥には、子供の頃から胸にしまわれていた小さな願いがある。遠い空の上ではなく、この地上で出会い、結ばれたい。

とはいえ、天の川はやはり天空のもの。ならば、大地が抱いた願いの天の川を、もう一度天空へ返してあげよう。地上から生まれ、空へと還された川。そんな思考のデフォルメから、「大地の天の川」は生まれた。

ここでは天の川は、ふたつのものを隔てる川ではない。ラウンジとガーデンを結び、出会わせる川になっている。

心のゆらぎを生む曲線

天の川の曲線には、直線も鋭い角もない。ゆるやかにうねり、ふくらみ、またすぼまりながら、庭の方へと流れていく。その柔らかな線を目で追ううちに、人の気持ちもまた、ほどけていく。

川のせせらぎ、木漏れ日、風にそよぐ枝。自然の中には、規則的でありながらも、決して同じ形を繰り返さない微妙なゆらぎがある。

天井に描かれた天の川も、そうした自然の流れを思わせる。水の音も、星の光もない。それでも、幾重にも重なる曲線が、ゲストの心に静かな安らぎを届けようとしている。

大地のせせらぎを天空へ移すという発想は、単なる造形の転換ではなく、自然の中にある心地よさを室内空間へ取り込もうとする試みでもあった。

ゲストは、気づいているだろうか

ガーデンとラウンジは天の川に乗って、幸せな出会いを果たせたのだろうか。グラスを傾けるゲストは、頭上の星の流れに込められたものに気づいているだろうか。

小さくて、ささやかで、清らかなもの。心の奥にしまわれていたその願いが、空間のなかでそっと解き放たれ、誰かの安らぎのワンシーンになる。それだけで、この天の川は役目を果たしているのかもしれない。

空間の大小も、密度も、目的も関係ない。たとえ小さくとも、心の中の物語を捉えて形にしていく。その姿勢こそが、設計という仕事の永遠のテーマなのだろう。