見渡すかぎりの大平原。緑の丘がゆるやかにうねるその上に、黄色い巨大な曲面がひとつ、風を受けて翻っています。彫刻のようでもあり、帆のようでもあり、炎のようでもある。これは、あるイベントのために計画された「草原のオブジェ」のイメージデザインです。
けれど、このオブジェには別の顔があります。ただ眺めるためのものではなく、大平原の上で「自分がいまどこにいるのか」を知らせる、陸の灯台なのです。

海には灯台がある。では、草原には?
紀元前3世紀、エジプトのアレクサンドリアに築かれたファロスの大灯台は、古代世界の七不思議に数えられました。夜は火を焚き、昼は巨大な塔そのものが目印となって、船乗りに港の位置を教えたといいます。
海の上では、目印がなければ自分の位置がわかりません。実は大平原も同じです。地平線まで続く草の海には、山も川も建物もなく、方角も距離も見失いやすい。このオブジェは、まさにその「草原の海」に立てる灯台として構想されました。
「空から見れば十分では?」という問い
計画の過程では、「衛星や航空機で空から確認すれば十分ではないか」という意見も出たそうです。もっともな疑問です。
しかし、空から見ることと、地上に立って確かめることは同じではありません。平原では砂漠化が静かに進んでいます。草が痩せ、土が乾き、やがて砂に変わっていく。その変化を継続的に調べ、記録し、確認するには、地上に根を張った「定点」が欠かせません。このオブジェには、調査・研究・観測のためのあらゆる仕掛けが搭載される計画です。
そこで併設されるのが、電波塔と曲面の太陽光パネル。電波で位置を知らせ、太陽の光でみずからエネルギーをまかなう。人が常駐しにくい大平原だからこそ、自立して働き続ける塔が求められるのです。

高度1万メートルからの設計図
このオブジェのスケールを決めているのは、地上の人の目線だけではありません。基準のひとつは、国際線のジェット旅客機が飛ぶ高度約1万メートル。そこから見下ろす「バードアイ」のスケールで計画されています。
思い出されるのは、南米ペルーのナスカの地上絵です。地上を歩いていても全体像はつかめず、空から見て初めてその形が浮かび上がる。草原のオブジェもまた、地上から見上げる彫刻であると同時に、上空から見下ろされる「しるし」として設計されているのです。
その計画を導くのが、ジオマンシー・プランニングという考え方です。大地には、大地そのものの法則がある。その法則を読み取り、広大な平原の中に建築を位置づける。オブジェは草原に単に「置かれる」のではなく、大地との関係の中から構想されているのです。
風とともに動く、二千年越しの発想
このデザインは、大平原の風になびく姿を表しています。しかも、それは比喩にとどまりません。実際に風向きに合わせて、巨大なオブジェそのものが動く計画なのです。
この発想には、遠い先祖がいます。紀元前1世紀ごろ、アテネに建てられた「風の塔」。八角形の塔の頂には青銅の像が据えられ、風を受けて回転し、その向きで風の方角を示したと伝えられています。古代の人々は、風を読むことで暮らしと航海を守っていました。
風に向きを変えるたびに、オブジェは平原の空気の流れを目に見える形へと変えていきます。建築そのものが、風の存在を知らせる装置となるのです。


なぜ黄色なのか
草原の緑、空の青。その中に置かれた鮮やかな黄色は、周囲の自然と強い対比を生み出します。遠くからでも存在を感じさせるその色彩は、広大な平原に立つ「灯台」という役割を、視覚的にも印象づけています。
オブジェのふりをしたサイエンスタワー
電波塔による通信・位置確認の機能と、曲面の太陽光パネルによるエネルギー利用。人が常駐しにくい大平原で、さまざまな調査や観測を支える施設として構想されています。草原のオブジェは、オブジェのふりをした巨大なサイエンスタワーなのかもしれません。
アレクサンドリアの灯台が船乗りを導き、アテネの風の塔が風を告げたように、この黄色い帆は、砂漠化と向き合う大平原で、人々に「いまここ」を知らせる道しるべとなるでしょう。