丸の内に、小さいけれど名門中の名門と呼ばれるホテルがある。三方をビルに囲まれ、外から見えるのは正面のファサードだけ。建物の全体像を外観から捉えることが難しいこのホテルでは、内部空間そのものが建築の表情をつくっている。ここでは「室内建築」「室内デザイン」が、建築の中心的な役割を担っている。
ゲストの7割は海外からの客だった。アメリカで特に人気の高い、超老舗のホテルである。その中に、コンチネンタルレストラン「ザ バンブー」はつくられた。

糸で竹林をつくる
空間を構成しているのは、フライングファイバー「インフィーロ」と呼ばれる糸のカーテンである。無数の糸が天井から垂れ、壁を覆い、竹林を描き出す。色は若竹のグリーンが主体だ。
竹林の笹のやさしさ。そのあいだを通り抜けていく、さわやかなそよ風。糸の重なりが視線によって変化し、光と影が微妙に移ろう。まるで竹林をそよ風が通り抜けるような、「ゆらぎ」の世界が生まれている。

なぜ「ジャパニーズ」ではないのか
海外からのゲストが大半を占めるホテルで、テーマに選ばれたのは「日本」だった。竹林の笹と笹のあいだのささやかさ。そこから落ちる木漏れ日が、ゲストをやさしく包み込む。
しかし、ここは和食店ではない。あくまで最高のコンチネンタルレストランである。日本を料理や設えで直接見せるのではなく、空気として纏わせる。ジャパニーズレストランではないところにこそ、この空間の意味があった。

壁と糸の関係
デザインの肝は、壁と糸の関係にある。壁はシルバーグレー、糸はグリーン。光はシルバーの壁に反射し、微妙な明るさとなってファイバーのあいだを行き来する。糸は光を吸い込み、そしてまた空間へと解き放つ。
ゲストが体験するのは、ウォールとファイバーのささやかな、本当にささやかな乱舞だ。それが食事とともにある。料理を味わうあいだ、竹林の中で光が静かに踊っている。

夜明けから真夜中まで
照明には、時間とともに光源が移り変わるデザインが取り入れられた。夜明け、朝日、昼光、黄昏、ナイト、そしてミッドナイトへ。竹林に差す光が一日の中で表情を変えるように、レストランの光もまた移ろっていく。
「糸でデフォルメされた笹の空間に、包まれてみたい」。設計者がそう言って微笑んでいたとか、いなかったとか。

審査員の脳裏から離れない空間
ザ バンブーは商空間デザイン賞を受賞し、国際的な空間照明のコンペティションでシルバーメダル、さらに日本照明学会の特別賞を受けた。
優れた空間デザインは数多くある。しかし、そのすべてが人の記憶に残るわけではない。
審査員たちの脳裏から、なぜか離れなかったという、このレストラン。
それは造形の美しさだけでは説明できない、何かがあったからなのだろう。
糸と光がつくる竹林。壁とファイバーの微妙な関係。そして、時間とともに移ろう光。
人は空間を目で見るだけではない。その中に身を置き、歩き、食事をし、時間を過ごす。
建築とは、形として記憶されるだけでなく、体験として心に残るものでもある。
ザ バンブーは、そんな室内建築の可能性を感じさせる作品である。
もうひとつのバンブーへ
実は、ザ バンブーには対になるレストランがある。ホテルの中ではなく、近くに建つ超高層ビルの最上階に。地上の竹林と、空の上のもうひとつの空間。その話は、また次の機会に。