秋の高原。木々は赤や黄色に色づき、穏やかな風が森を通り抜けていきます。その風景の中に、黄金色の建築が静かに佇んでいます。
竹の幹を思わせる力強い柱でも、竹林をそのまま再現した建築でもありません。
ここで表現されているのは、竹の皮がそよ風を受けて、かすかにゆらぐような軽やかな世界です。
自然の中に建築を隠すのではなく、自然に対してやさしく存在を主張する。
「静かなHOTELバンブー」は、そんな発想から生まれた高原のホテル計画です。

竹束から竹の皮へ ― 同じ素材から生まれる二つの建築
第一弾の「HOTEL ザ・バンブー」は、都市の繁華街に計画されたペンシルホテルでした。
街を竹林に見立て、建物を一本一本の竹が集まった「竹束」として構成する。竹がまっすぐに伸びる生命力や、垂直方向への力強さを建築のフォルムに置き換えた計画です。
それに対して、第二弾となる「静かなHOTELバンブー」の舞台は、山の麓に広がる静かな高原です。
ここでは竹の幹の力強さではなく、竹の皮の薄さ、柔らかさ、そして風に揺れるような繊細な表情が主題となっています。
都市では、竹が空へ向かって伸びる姿を表現する。
高原では、竹の皮が自然の風を受け止める姿を表現する。
同じ竹というモチーフであっても、建築が置かれる環境や、そこに求められる役割によって、デザインの答えは大きく変わります。
竹の形を模倣するのではなく、竹が持つ性質のどこに着目するのか。
その視点の違いが、二つのホテルにまったく異なる表情を与えています。
バンブーカーテンウォール ― 建築を軽やかな幕で包む
この計画の中心にあるのが、「バンブーカーテンウォール」という発想です。
カーテンウォールとは、建物の主要な荷重を支えない非耐力の外壁構法です。柱や梁、床などの構造体に取り付けられ、建物の外側を包む役割を果たします。
特に高層建築では、構造体と外壁の役割を分けることによって、外観デザインに大きな自由度を与えてきました。
今回のホテルでは、この考え方を工学的な構法としてだけではなく、建築の意匠を生み出す発想として捉えています。
外壁を厚く重い壁として見せるのではなく、薄い竹の皮を幾重にも吊るしたような、軽やかな幕として表現するのです。
竹の皮を意味する「バンブーピール」。
その薄く柔らかな質感を建築の外皮へと置き換えることで、建物全体に軽やかさが生まれます。
黄金色の細いラインが連なり、重なり合い、光を受けて微妙な陰影をつくる。
そこには、重量感のある建築とは異なる、風景の中にそっと置かれた幕のような印象があります。
自然のリズムを建築に取り込む ― ゆらぎという思想
このホテルのもう一つの重要なテーマが「ゆらぎ」です。
自然の中には、完全な規則性とも、無秩序とも異なるリズムが存在しています。
木々の葉が風に揺れる動き。水面に広がる小さな波。枝葉の隙間から差し込む木漏れ日。
それらは絶えず変化しながらも、どこか穏やかな連続性を持っています。
自然界の複雑な形やリズムを考える際には、フラクタルや1/fゆらぎといった概念が用いられることがあります。
フラクタルは、部分と全体に似た構造が繰り返し現れる性質を表し、1/fゆらぎは、変動の周波数特性を表す概念です。両者は同じ理論ではありませんが、自然の複雑さを読み解く視点として、建築デザインにも示唆を与えます。
この計画では、そうした自然のリズムを、竹の皮を思わせる外観の表情に重ねています。
垂直方向に連なる細い線、光によって生まれる濃淡、幾重にも重なる幕のような構成。
そこに、そよ風を受けた竹の皮の動きを想像させる視覚的なリズムが生まれます。
実際に外壁が風で動くということではありません。
動いていない建築の中に、風の存在を感じさせる。
目には見えない自然の動きを、建築の表情として感じ取れるようにすること。それが、このホテルの「ゆらぎ」の思想です。

光によって変わる、竹の皮の表情
二つの完成予想図を見比べると、竹の皮を思わせる外壁の表現に違いがあることがわかります。
一方では、細く連続する垂直のラインが際立ち、竹の皮を幕のように重ねた軽やかさが強調されています。
もう一方では、表面の細かな陰影や繊維を思わせる質感が際立ち、柔らかな光をまとったような表情が生まれています。
どちらにも共通しているのは、外壁を単なる建物の境界として扱うのではなく、自然の光を受け止める一枚の皮膜として考えていることです。
朝の柔らかな光、昼の明るい日差し、夕暮れの低い光。
光の角度が変われば、細かな縦のラインや表面の陰影も異なる印象を見せることでしょう。
高原の風景が季節や時間によって変わるように、建築もまた、周囲の自然とともに表情を変えていきます。
建物そのものが動かなくても、光と影が動くことで、外観には静かな変化が生まれるのです。
自然との同化ではなく、自然へのやさしい主張
自然の中に建築を計画するとき、「自然との調和」や「風景との一体化」がしばしば語られます。
しかし、このホテルが目指しているのは、単に周囲の自然へ溶け込むことではありません。
紅葉の木々の向こうには、黄金色の建築がはっきりと存在しています。
その形は人工的であり、自然の樹木とは明らかに異なります。
それでも、建物が風景を圧倒するような印象はありません。
薄い幕を重ねたような軽やかな外観、穏やかな色彩、自然のリズムを感じさせる表情。
それらが重なり合うことで、建築は自然の中に自らの存在を示しながらも、周囲の風景と静かに向き合っています。
自然と同化するのではなく、自然に対して、やさしく、やさしく主張する。
この考え方こそ、「静かなHOTELバンブー」の建築思想を象徴するものです。
高原のホテルに求められる、静けさと安らぎ
都市のホテルと高原のホテルでは、建築に求められる役割も異なります。
都市では、建物の存在感や視認性が重要になることがあります。街並みの中で個性を示し、人々の目を引くことも、建築の役割の一つです。
一方、静かな高原を訪れる人々が求めるものは何でしょうか。
日常から離れた時間。木々の間を抜ける風。季節の移ろい。そして、心と身体を休めるための穏やかな空間。
このホテルでは、建築そのものがそうした環境の一部となることを目指しています。
力強さを誇示するのではなく、軽やかに佇む。
形の複雑さで驚かせるのではなく、自然の光や風を感じさせる。
建築が静かな存在であることによって、そこを訪れるゲストにも安らぎを届ける。
その考え方が、竹の皮という繊細なモチーフの選択にもつながっています。
静けさをデザインするということ
建築のデザインは、必ずしも新しい形や強い色彩によって生まれるものではありません。
何を表現するかと同じくらい、何を強く主張しないかという選択も重要です。
第一弾の「HOTEL ザ・バンブー」が、竹の成長する力を都市の建築に置き換えた計画であったとすれば、第二弾の「静かなHOTELバンブー」は、竹の皮の繊細さを通して、自然の中に佇む建築のあり方を問いかけています。
竹の皮が、そよ風にゆらいでいる。
その動きは、実際には目に見えないかもしれません。
けれども、黄金色の幕が重なる外観を眺めていると、そこを通り抜ける風の存在が感じられるようです。
自然の中で、建築が静かに呼吸しているかのような風景。
「静かなHOTELバンブー」が描こうとしているのは、建築の形だけではなく、そこに流れる穏やかな時間そのものなのかもしれません。