建築は、壁や床、天井によって囲まれた「箱」だけでできているわけではありません。
そこには光が入り、風が通り、人が歩き、水が流れ、色や素材が人の感覚に働きかけます。
ここで紹介するのは、中南米を代表する超高層ホテルに展開された、
「ジオマンシア・カラープランニング・コンディション」という考え方に基づく空間計画です。
ロビー、吹抜け、客室、レストラン、宴会場、アスレチックゾーン。
それぞれの場所を個別にデザインするのではなく、
光・色彩・素材・水・動線、そして「チー」と呼ばれる空間の流れを、
一つの建築の中で結びつけようとしています。
1 超高層ホテルを、一つの「環境」として考える
このホテルの特徴は、建物を単なる宿泊施設としてではなく、
天空から大地までをつなぐ一つの環境として捉えていることです。
外観にも、高層部と低層部で異なる素材感が与えられています。
高層部を「砂の大地」、低層部を「銀(シルバー)の大地」として捉え、
砂岩を思わせる質感とメタリックな質感を組み合わせています。

2 ピラミッドを纏うレセプションロビー
ホテルへ入ると、最初に現れるのが巨大なレセプションロビーです。
大きく傾斜する壁面と吹抜けによって、
一般的なホテルロビーとは異なる、強い方向性を持った空間が生まれています。
この空間の発想を表す言葉が、「ピラミッドを纏う」です。
ピラミッドという幾何学的な形をそのまま再現するのではありません。
その内包空間を変換し、現代のホテル空間へと展開する。
いわば、古代から続く形態を現代建築へと「メタモルフォーゼ(変換・変容)」させる試みです。

石、水、アートがつくる「大地」の空間
ロビーを構成しているのは、建築の形だけではありません。
石、水、アート、家具、照明、そして色彩が重なり合っています。
天然石の床や壁は単なる仕上げ材ではなく、
巨大な吹抜けの中に人間の尺度と「大地」の感覚を与えています。
その中に水面や彫刻、家具が配置されることで、
硬質な建築の中に異なる質感とリズムが生まれます。

3 ボイド ― 天空との光とエネルギーの交差
このホテルの空間構成を理解するうえで重要なのが、
建物中央を縦方向に貫く「ボイド(吹抜け)」です。
ここでボイドは、単なる空洞として扱われているのではありません。
上部から取り込まれた自然光を建物内部へ導き、
ロビー、ラウンジ、そして各階を縦方向につなぐ空間として構成されています。
そこに生まれるのが、「天空との光とエネルギーの交差」です。

天空から降りる「糸」
ボイドには、上方から無数の細い糸状の素材が垂直に降ろされています。
巨大な吹抜けの中に現れる、光の幕のような存在です。
この糸状のスクリーンは「インフィーロ」と呼ばれ、
天空から取り込まれた光を下方へ導きながら、
ロビーとラウンジ、そして水のある空間を視覚的につないでいます。
コンクリートや石がつくる重量感のある建築の中へ、
ほとんど重さを感じさせない無数の細い線を挿入する。
ここでは「大地」と「天空」という対照的な要素が、
一つの空間の中で出会っています。
4 三つの「チー」 ― 天空・大地・磁気
この空間計画には、人を取り巻く環境を
「チー(エネルギー)」という考え方から捉える視点があります。
中心となるのが、
スカイチー、グランドチー、マグネティックチーです。

天空から降りてくるものを「スカイチー」、
大地との関係を「グランドチー」、
磁気や地場との関係を「マグネティックチー」として捉えます。
さらに地下の領域にも目を向け、
地下水脈や磁力線などを含めた「アンダーチー」という概念も考えられています。
ここでいう「チー」は、物理学的なエネルギーを意味するものとしてではなく、
人間・建築・自然環境の関係を読み解くための設計上の概念として見ると、
このホテルの空間構成が分かりやすくなります。
5 水面と天空を結ぶアスレチックプール
アスレチックゾーンでは、
天空と大地を結ぶという考え方が、さらに明快な形で現れています。
プールの上には三角形のガラスルーフが設けられ、
天空からの自然光が水面へと降り注ぎます。

透明なガラス屋根、黄色い壁面、そして水面。
それぞれ性質の異なる要素が、光によって一つにつながります。
水は天空からの光を受け、反射し、揺らぎながら周囲へ返します。
「天空の大地」と「水の大地」を光が結ぶ空間です。
ここではプールそのものが目的なのではなく、
水、光、色、建築を一体として体験する空間がつくられています。
6 メディテーションROOM ― 身体と環境を整える
アスレチックゾーンには、
メディテーションROOM(瞑想室)も設けられています。
身体を動かすためのアスレチック空間に対して、
こちらは静かに身体と意識を整えるための場所です。
このホテルは高地に位置するため、
メディテーションROOMには酸素ROOMとしての機能も持たせています。

運動、休息、呼吸、瞑想。
ホテルの中に身体を整えるための異なる環境をつくることも、
空間全体を一つの流れとして考える設計の一部になっています。
7 色彩の二大遺伝子 ― イエローベースの空間
このホテルでは、形や素材だけではなく、
色彩そのものが空間を構成する重要な要素として扱われています。
その考え方が明確に表れているのがジュニアスイートです。
ここには、「色彩の二大遺伝子『イエローベース』の世界」という
色彩計画が展開されています。

黄色、オレンジ、ベージュ、木質系の色などが互いに響き合い、
家具、壁、床、照明までが一つの色彩環境としてまとめられています。
大切なのは「何色を使うか」だけではありません。
異なる素材や色彩をどのような色調の系統で調和させるのか。
その考え方が、客室全体の印象をつくっています。
8 食の空間 ― 用途によって変化する色と素材
ホテルの中には、コーヒーハウス、メインダイニング、
ステーキレストラン、ファーイースタンレストランなど、
それぞれ異なる性格を持った飲食空間があります。
同じホテルの内部でありながら、
そこで過ごす時間や人の行動に合わせて、
色彩、照明、素材、家具の組み合わせは大きく変化します。
コーヒーハウス「エル・ハルディン」
コーヒーハウス「エル・ハルディン」では、
ホテルの巨大な吹抜け空間とは異なる、
人の身体に近いスケールの空間がつくられています。
家具、照明、床、壁面、植栽などが組み合わされ、
食事や会話を楽しみながらゆっくりと時間を過ごすための、
落ち着いた環境を構成しています。


ステーキレストラン「東風」
ステーキレストラン「東風」では、
コーヒーハウスとは異なる色彩と素材によって、
より落ち着きと深みのある食の空間がつくられています。
同じホテルの中でも、レストランの性格に合わせて
光の強さ、色彩のトーン、家具や素材の表情を変える。
その違いによって、それぞれの場所に独自の空気が生まれます。

食事をする場所、語らう場所、静かに過ごす場所。
人の行動が変われば、そこに求められる光、色、素材、
そして空間の密度も変わります。
ホテルという一つの建築の中に、
性格の異なる小さな「世界」をつくりながら、
全体として一つの色彩と空間の体系を構成しています。
9 人が集まる空間 ― バンケット&ボールルーム
ホテルには、個人が静かに過ごす客室がある一方で、
多くの人々が一堂に集まる宴会場やボールルームがあります。
ここでは、スペイン、そしてスペイン・ムーアの文化を背景に、
華やかさと重厚さを併せ持つ空間がつくられています。



客室のように一人ひとりを包み込む空間とは異なり、
バンケットやボールルームでは、多くの人が集まり、動き、
互いの存在を感じるための大きな空間が必要になります。
天井、壁面、照明、色彩、家具が大きなリズムをつくり、
人々が集う場そのものに華やかさを与えています。
静けさをつくる客室、身体を整えるメディテーションROOM、
食を楽しむレストラン、そして人々が集うボールルーム。
用途が変わるたびに空間の表情も変わりますが、
それらはすべて一つのホテルの中でつながっています。
10 ホテル全体を一つの「流れ」として見る
ここまで見てくると、
ロビー、客室、レストラン、プール、メディテーションROOMといった各空間が、
それぞれ独立して存在しているのではないことが見えてきます。
天空から入る光。
建物を縦に貫くボイド。
光を受け止める水。
大地を感じさせる石。
人の感覚に働きかける色彩。
そして、その中を移動する人間。
それらを一つの連続した環境として捉えるところに、
このホテルの空間計画の特徴があります。
建築とは、壁や床、天井を組み合わせるだけではありません。
その内部を光がどう通り、人がどう動き、
色や素材をどう感じるのか。
目に見える形の背後にある「流れ」までを考えることで、
建築は自然と人間をつなぐ空間へと変わっていきます。
相似象という視点から
自然界には、水の流れ、風の流れ、光の移動、
大地の起伏など、さまざまな「流れ」が存在します。
人間がつくる建築にも、光、空気、水、人の動線、視線といった流れがあります。
自然界の流れと建築空間の流れを重ねて考えてみると、
このホテルは「相似象」という考え方を、
実際の建築から読み解くための興味深い一例でもあります。
11 建築を「流れ」から考える
石やコンクリートのような動かない素材でつくられた建築の中にも、
絶えず動いているものがあります。
太陽は移動し、光は変化し、水は揺らぎ、人は歩きます。
一日の時間とともに、同じ空間でも見え方は変わっていきます。
このホテルが見せてくれるのは、
建築を完成した「形」として見るだけではなく、
天空・大地・光・水・色・素材・人間が関係し続ける空間として見る
というもう一つの建築の捉え方です。
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