エジプト、ギザの砂漠に立つ巨大なピラミッド。
今からおよそ4500年前、古代エジプト第4王朝のファラオ、クフ王の時代につくられたとされる「クフ王の大ピラミッド」は、古代世界の七不思議の中で、ほぼ完全な姿を現在まで残す唯一の建造物である。
高さは完成時で約146.6メートル。底辺は一辺約230メートル。使われた石材は約230万個と推定され、その大部分は石灰岩である。
しかし、本当に驚くべきことは、その大きさだけではない。
4500年前の人々は、どうやってこれほど大量の石を切り出し、運び、積み上げたのか。なぜ巨大な四つの面を、ほぼ正確に東西南北へ向けることができたのか。なぜ遠く離れたアスワンから巨大な花崗岩を運んだのか。
そして巨大な石の内部には、まだ私たちの知らない空間が残されているのか。
ピラミッドを「石」という視点から見ていくと、4500年前の建築が、突然、現代の石工事の延長線上に見えてくる。

ギザの三大ピラミッド。クフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドが並ぶ、
古代エジプトを代表する巨大石造建築群。
1 230万個の石
クフ王の大ピラミッドには、約230万個もの石材が使われたと推定されている。
もちろん、すべてが同じ大きさではない。大部分を占めるのは石灰岩だが、内部の重要な部分には、はるかに重く硬い花崗岩も使われている。
ここで考えてみたい。
石は、採石場から切り出した瞬間に建築材料になるわけではない。
切り出す。加工する。運ぶ。持ち上げる。据える。そして隣の石との納まりを調整する。
現代でも、巨大な天然石を扱うには、採石、加工、輸送、揚重、施工という一連の工程が必要になる。
4500年前も、その本質は変わらなかったはずだ。
問題は、その仕事を途方もない数の石で行ったことである。
2 ピラミッドは、今とは違う姿だった
現在の大ピラミッドを見ると、表面には粗い石灰岩のブロックが露出している。
しかし、完成した当時の姿は大きく異なっていた。
外側には良質な石灰岩による外装が施され、現在よりはるかに滑らかな表面を持っていたと考えられている。
その姿を想像する手掛かりの一つが、ダハシュールの「屈折ピラミッド」である。

ダハシュールの屈折ピラミッド。古代の石灰岩による滑らかな外装が現在も残っている。
ギザの大ピラミッドも完成当時は、現在とは大きく異なる外観を持っていた。
つまり、私たちが現在見ているクフ王の大ピラミッドは、完成当時の仕上げがそのまま残っている姿ではない。
長い年月の中で外装石の多くが失われ、その内側にあった石積みが表面に現れているのである。
3 大ピラミッドを覆っていた外装石
クフ王の大ピラミッドの外装には、トゥーラ(Tura)地域から運ばれた良質な石灰岩が使われたことで知られている。
現在、博物館に残る外装石を見ると、黄褐色からベージュ色を帯びて見える。
そのため、現在の見た目をそのまま「白い石」と表現すると、実物の印象とは少し違ってしまう。
重要なのは、完成当時、この外装石が丁寧に加工され、粗い内部石とは異なる、滑らかで明るい表面をつくっていたということである。

クフ王の大ピラミッドに使われていた外装石。
トゥーラ地域から運ばれた良質な石灰岩で、現在は長い年月を経て完成当時とは異なる色合いに見える。
巨大なピラミッドは単なる石の山ではなく、その外側を別の石材で仕上げた巨大な「石仕上げの建築」でもあった。
4 なぜ石灰岩だったのか
大ピラミッドの主要な材料は石灰岩である。
これは偶然ではない。
ギザ台地そのものが石灰岩を主体とする地質であり、建設地の近くから大量の石材を確保することができた。
巨大建築では、材料そのもの以上に「運ぶ」という行為が大きな問題になる。
もし膨大な数の石をすべて遠方から運ばなければならなかったとすれば、建設の難易度はさらに高くなっただろう。
その土地に存在する石を、その土地の建築に使う。
これは世界各地の歴史的建築で繰り返されてきた、極めて合理的な方法でもある。
ピラミッドは砂漠に突然置かれた巨大な物体ではない。ギザの大地から石を取り出し、巨大な建築へ組み替えたものともいえる。
5 それでも、遠くから運ばれた石がある
ところが、すべての石が建設地の近くで採れたわけではない。
大ピラミッド内部の「王の間」などには花崗岩が使われている。
その産地として知られるのが、エジプト南部のアスワンである。
石灰岩より硬く、はるかに加工しにくい花崗岩を、遠く離れた場所から運んでいる。
なぜ、そこまでして花崗岩を使ったのだろう。
花崗岩は石灰岩とは異なる強度と性質を持つ。しかし、硬いということは加工も容易ではなく、重量のある巨大な部材を長距離輸送する必要もある。
それでも古代エジプト人は、重要な場所に異なる性質を持つ石を選んだ。
ここにはすでに、単なる石積みを超えた「石を選ぶ」という建築的な判断が見えてくる。
6 ナイル川という巨大な輸送路
巨大な石材を運ぶとき、陸上輸送は大きな負担になる。
そこで重要になるのが水である。
古代エジプト文明そのものを支えたナイル川は、人や食料だけではなく、建築材料を運ぶ巨大な交通路でもあった。
石を船に載せ、水路を利用して建設地の近くまで運ぶ。
ピラミッド建設を考えるとき、私たちはどうしても「どうやって石を上まで持ち上げたのか」に目を奪われる。
しかし、その前に、どうやって膨大な量の石を建設現場へ集めたのかという巨大な物流の問題があった。
ピラミッドは建築技術だけではなく、採石、加工、輸送、食料、人員、測量、工程管理を含む巨大プロジェクトだったのである。
7 大ピラミッドの内部へ
外から見ると巨大な石の塊に見える大ピラミッドだが、その内部には複数の通路と空間が存在する。
その中でも最も印象的な空間の一つが「大回廊(Grand Gallery)」である。

クフ王の大ピラミッド内部にある大回廊。
巨大な石造建築の内部に、長い傾斜空間がつくられている。
大回廊は上昇通路から続く傾斜した空間で、その先には王の間へ向かう構造がある。
この巨大な傾斜空間が何のためにつくられたのかについても、建築構造、葬送儀礼、施工方法など、さまざまな視点から研究が続けられている。
8 どうやって石を持ち上げたのか
ピラミッド最大の謎として、長い間議論されてきたのが建設方法である。
巨大な直線状の斜路をつくったという説。ピラミッドの周囲に斜路を巡らせたという説。建設段階によって複数の方法を使い分けたという説。
さまざまな考え方が提案されてきたが、「この方法だけで建設された」と断定できる答えは現在もない。
近年には、大ピラミッド内部の構造そのものを建設工程に利用した可能性を検討する研究も発表されている。



大ピラミッド内部には、地下室、女王の間、大回廊、王の間、下降通路、上昇通路などが存在する。研究では、大回廊と上昇通路が約26.5度の傾斜で連続することなどに着目し、この構造を石材運搬のための滑走路やカウンターウェイト機構として利用した可能性も検討されている。ただし、これはピラミッド建設方法について提案されている仮説の一つであり、実際にこの方法が使われたことが確定しているわけではない。
9 恐ろしいほど正確な方位
大ピラミッドのもう一つの驚異は、その配置の精度である。
四つの面は、ほぼ正確に東西南北を向いている。
GPSもレーザー測量機もない時代に、これほど巨大な建築物の基準線をどうやって設定したのだろう。
太陽を利用したという説。恒星を観測したという説。影の動きを測ったという説。
さまざまな方法が研究されてきた。
どの方法だったにせよ、古代エジプト人が持っていたのは巨大な石を動かす技術だけではない。
彼らは「測る技術」を持っていた。
230メートルを超える底辺を持つ巨大建築を正確に成立させるには、石工だけではなく、測量や幾何学、天体や影を観察する知識も必要だった。
ここは「風水と建築」で見てきた、天・地・人という視点とも興味深く重なる。
人間は大地の上に建築を置くとき、空を見て、大地を測り、方位を定めてきたのである。
10 2017年、巨大な「空白」が見つかった
そして4500年後、ピラミッドは新しい秘密を見せた。
2017年、国際研究チーム「ScanPyramids」は、宇宙線によって生じるミューオンを利用してピラミッド内部を調査した。
ミューオンは物質を通過する性質を持つため、その通過量を測定することで、巨大な石の建築を壊すことなく内部の密度の違いや空洞の存在を調べることができる。
その結果、大回廊の上方に、それまで知られていなかった大きな空間が検出された。
研究チームはこれを「ScanPyramids Big Void」と呼んだ。
長さは少なくとも約30メートルとされる。

大ピラミッド内部と「Big Void」を示した研究図。
2017年、ミューオンを利用した観測によって、大回廊の上方に大規模な未知の空間が存在することが報告された。図には水平に延びる場合と傾斜して延びる場合の仮説が示されているが、その正確な形状や目的については現在も研究が続いている。
重要なのは、これは伝説上の「秘密の部屋」ではなく、現代の物理学的な観測によって存在が検出された空間だということである。
しかし、その正確な形状や、何のためにつくられたのかは、まだ分かっていない。
11 さらに見つかった北面回廊
謎はそれだけではなかった。
大ピラミッド北面には、巨大な石を山形に組んだ「シェブロン」と呼ばれる構造がある。
その背後にも、これまで知られていなかった回廊状の空間が存在することが確認された。
「North Face Corridor」と呼ばれるこの空間は、ミューオン観測をはじめ、地中レーダーや超音波など複数の非破壊調査によって研究されている。

クフ王の大ピラミッド北面にあるシェブロン(山形の石組み)と、
その背後に確認されたNorth Face Corridorに関する研究図。
ミューオン観測や地中レーダーなど、建築を壊さない複数の調査方法によって内部構造の研究が進められている。
4500年間そこに存在していた空間を、21世紀になって私たちはようやく詳しく調べられるようになったのである。
では、この回廊は何のためにつくられたのか。
構造上の理由なのか。建設工程に必要だったのか。その先に、さらに何かが存在するのか。
研究は現在も続いている。
12 本当にクフ王の墓だったのか
大ピラミッドは一般に、クフ王のためにつくられた王墓を中心とする建造物として理解されている。
しかし、現在「王の間」と呼ばれる部屋からクフ王のミイラが発見されたわけではない。
そのため昔から、「本当に墓だったのか」という疑問が繰り返し語られてきた。
ここでは、ロマンと考古学を分けて考える必要がある。
ミイラが残っていないことだけを理由に、「墓ではなかった」と断定することはできない。
長い歴史の中で盗掘や侵入が行われた可能性も考えなければならないからである。
一方で、Big VoidやNorth Face Corridorのような未知の空間が現代になって確認されている以上、大ピラミッドについて私たちがすべてを知っているわけでもない。
「分からないことは、まだ分からない」。
これが現在の最も誠実な答えだろう。
13 まだ説明できないこと
ピラミッドには、現在の考古学や建築学によってかなり多くのことが明らかになっている。
採石場の痕跡があり、石材を加工した痕跡があり、輸送についての資料も残されている。建設に関わった人々の生活についても、発掘調査によって少しずつ実像が見えてきた。
一方で、すべてが解明されたわけではない。
巨大な石をどのような方法で高い位置まで運んだのか。大回廊は何のためにつくられたのか。Big Voidはどのような形をしていて、何の目的を持つ空間なのか。North Face Corridorの先には何があるのか。
そして、古代エジプトの人々がピラミッドに込めた宇宙観や死生観についても、私たちが完全に理解しているとはいえない。
古代の人々は太陽や星を観察し、方位を測り、巨大な建築を大地の上に配置した。
そこにどのような思想があり、彼らが宇宙をどのように捉えていたのか。
分かっていることと、まだ分からないことを分けながら考える。
それこそが、4500年前のピラミッドを今も調べ続ける面白さなのかもしれない。
14 ピラミッド最大の秘密
大ピラミッドを見上げると、私たちはその高さに圧倒される。
しかし、石を扱う視点から見ると、別の姿が見えてくる。
一個の石を採る。切る。測る。運ぶ。持ち上げる。据える。
その仕事を、途方もない回数繰り返す。
しかも、石灰岩と花崗岩という性質の異なる石を使い分け、巨大な建築物として成立させる。
ピラミッド最大の謎は、「どうやって巨大な石を積んだのか」だけではないのかもしれない。
4500年前の人間が、石の性質を知り、大地を測り、人を組織し、膨大な数の石を一つの建築へ変えたこと。
それ自体が最大の秘密である。
石は何も語らない。
しかし、4500年間そこに残り続けることで、つくった人間の技術を私たちに伝えている。
そして21世紀になった今も、その巨大な石の内部から、新しい「空白」が見つかっている。
ピラミッドの秘密は、まだ終わっていない。
参考資料
ScanPyramidsによるミューオン観測研究、Nature、Nature Communications、Scientific Reportsなどに掲載されたクフ王の大ピラミッド内部構造、Big Void、North Face Corridorに関する研究資料を参照。研究図については、それぞれの研究論文の内容に基づいて解説しています。