「カスティージョ ムンド キング(ムンド キング美術館)」のご紹介
芸術家を夢見た人物は才能がない事を自覚した後、自分の哲学に従って集めた芸術品を収める風変りな建物を作りました。どこかで見たような印象を与えながら、そこにしか存在しないであろうと思われるその建物は、美しい海を見下ろせる丘の上に建っています。世界の王の城と訳せる「カスティージョ ムンド キング」は、大きな財産を築いた人物の夢の結晶です。
「カスティージョ ムンド キング」の設計者
「カスティージョ ムンド キング」を建設したのは、ドイツ人のロルフ・シュルツです。彼は1942年にポーランド中部にあるトルンという都市で生まれ、ドイツのハンブルクで育ちました。父親は建設業界で働き、母親は音楽系の芸術家でした。大学で土木工学を学んだ彼は、技師として働き、29歳の時に会社を立ち上げました。橋や駅などの建設に関りながら、コンクリートの構造物に関して改良すべき点を見出し、その方法に対しての特許を取得しました。また、不動産業でも成功して、その結果彼は莫大な財産を築き、自分の夢をかなえるために様々な行動を起こすことが出来ました。音声のドラマを作りレコード録音をしたり、いくつかの公演を行ったり、それらをビデオフィルムに収めたりしていました。しかし、芸術の才能がないことが分かった彼は、1990年にカリブ海の島国、ドミニカへ移住しました。ドミニカはドイツからの移住者が多く、住みやすい環境があったようです。そこで、隣国のハイチの芸術品を集めたり、その国の芸術家に作品を依頼したりして、多くの芸術品を収集しました。「カスティージョ ムンド キング」を建設し始めた頃から彼は、地元の人々から良い意味で「麻薬中毒のガウディ」や「天才的な変わり者」と呼ばれるようになりました。彼は最後まで、「カスティージョ ムンド キング」の手直しや保守、整備を行っていましたが、2018年に波乱万丈の人生を終えています。
「カスティージョ ムンド キング」の所在地
「カスティージョ ムンド キング」は、カリブ海の島国、ドミニカ共和国の北部にあるソスアと言う町の丘の上に建っています。この国は、カリブ海の西インド諸島に含まれる大アンティル諸島の中で2番目に大きなイスパニョーラ島の3分の2を占めていて、島の西側はハイチ共和国です。また、ドミニカという同名の国が小アンティル諸島にあるため、通常でも省略せずにドミニカ共和国と記されています。この島に人が渡ってきたのは数千年前と推測されていて、南米大陸の北部に住んでいた民族が移住してきたと言われています。15世紀末にヨーロッパの探検隊が上陸してきて、同時に持ち込んでしまった病気によって、その民族は絶えてしまいました。しかし、長い年月によって育まれた文化や風習はそのまま残り、現在も当時の習慣を垣間見ることができるようです。国の主な産業は農業で、サトウキビやカカオの栽培が盛んです。他にも鉱物資源が豊富で、金や銀、銅などが産出しています。その中でも、ニッケルの産出量はとても多く、輸出による国の経済の一端を担っています。近年では観光業も重要な産業で、カリブ海の美しい海が観光資源となっています。国の北部に位置するソスアも穏やかな海辺とサンゴ礁が広がる海があることから、ダイビングを始めとするウォータースポーツが楽しめます。また、冬季にはソスア湾で泳ぐ鯨を見学することも出来ます。
「カスティージョ ムンド キング」の特徴
「カスティージョ ムンド キング」は1991年に設計者が着工して、亡くなるまで何かしら手を加えていました。設計者が集めた多くの美術品を収めるために作られたこのお城は、名前が示す通り、中世ヨーロッパのお城を彷彿とさせる外見ですが、どこにも存在しない唯一無二の建物です。一応5階建てとなっていますが、明確な階層はありません。全体に白い建物で、いくつもの搭が建っています。搭の形や高さは様々で、色々な文化を表しているようです。白い建物にカリブ海周辺や中南米の意匠とも取れる装飾が施されていて、独特の雰囲気を醸し出しています。床には大理石も使用されていますが、基本的にコンクリートで作られ、壁には漆喰が使われています。いたる所に廊下や階段が作られていて、あらゆる方向にバルコニーが設置されています。明確な設計図はなく、思いつくままに作られていった印象があって、内部は迷路のようになっています。また、部屋もたくさん作られていて、大きなホールから、小部屋まで様々な大きさの部屋があります。電気が通っていないため、地下室などはろうそくや懐中電灯などの明かりが必要です。展示されているものは、隣国ハイチの作品が多いのですが、宇宙を表すものもたくさん展示され、宇宙人を象ったものやUFOを模したものも展示されています。
「カスティージョ ムンド キング」のまとめ
「カスティージョ ムンド キング」を作った人物が亡くなって、補修をする人がいないため、次第に元の白さは失われ、老朽化も目立つようになりました。しかし、彼の哲学から思い起こすと、その朽ち果てた姿も織り込み済みのような感じがします。世界を救う王が住まう城は、風雨に晒されながら静かな時間が過ぎ去るままにしているのではないでしょうか。









